ストーリー

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発! 「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 2>市原市編(前編/旧里見小学校→月崎→月出工舎ルート)

2024.04.30 | 内房総アートフェス

コラム

小湊鉄道が走り抜ける自然豊かな市原市では「アート×ミックス2024」を満喫

ここでは、千葉県のほぼ中央に位置する市原市のアート作品をご紹介します。市原市は自然や観光名所がとても多い場所。南北を養老川と小湊鉄道が縦断し、菜の花が一斉に咲き誇る春は、「撮り鉄」の方々が数多くみられます。なんと、ゴルフ場の数は日本で最も多いそうです。

今回、百年後芸術祭の里山エリアでは2014年から開催している「いちはらアート×ミックス」の成果を継承し、「アート×ミックス2024」として展開します。市原市は内房総5市のなかでも圧倒的に作品数が多く、一つひとつの作品をゆっくり見て回ろうと思うと、こちらも1日で回りきるのは正直難しいです。むしろ、何度も訪れて、1箇所ずつ街や観光名所なども楽しみながら訪れてほしいです。

スタートは、小湊鉄道線の飯給駅にある「Toilet in Nature」から。建築家の藤本壮介さんが設計したという女性専用のトイレで、春には梅、桜、菜の花。夏には一面が緑のじゅうたんになるそうです。こんな遊び心たっぷりのトイレは初めてで、世界一大きなトイレだというのも頷けます。

かーんかーんという音がして振り返ると、ちょうど飯給駅に小湊鉄道が!市原名物のレトロで愛らしい列車と菜の花の共演にしばし目を奪われます。

飯給駅の近くにある大人気の田邉精肉店を通りがかったら、迷わず車を停めてください。店内に入って食べたいメニューを頼むと揚げてもらえます。メンチカツやイカメンチ、カニクリームコロッケなどいろいろメニューはありますが、ぜひ食べてもらいたいのがイカメンチ。アツアツを頬張ると、プリッとした口当たりのイカがごろごろ入っていて、一個で満足感!

そして、そこからすぐの旧里見小学校へ。2013年で廃校となり、以降「いちはらアート×ミックス」の作品展示場所となっていたこの場所には、国内外の作家の制作風景や、地域発の品々からなるショップやレストランが並びます。

校舎内に入るとゴオ〜ッと言う大きな音が鳴り響いているので何事かと思って進むと現れたのがこちら。アレクサンドル・ポノマリョフ《永久機関》。

2021年の「いちはらアート×ミックス」で小湊鉄道五井機関区の鍛冶小屋に設置された作品を、旧里見小学校の給食室跡へと移設したそうですが、2本の円柱の中で赤い球体が水と共に勢い良く上下運動を続ける様子は思わず見入ってしまいます。これは鼓動する心臓や機関車を連想させ、人類の進化、創造的精神を表しているのだそう。止むことなく運動を続ける本作は、来訪者を圧倒すると同時に、百年後芸術祭によって3年ぶりに再稼働した旧里見小学校を動かす心臓を象徴しているかのようです。

エルヴェ・ユンビ《ブッダ・マントラ》

アジアの精神である仏教と、アフリカで今も重要視されている祖先崇拝の要素を対話させることにより、違いを受け入れる寛容さと友愛を称える作品。アフリカの美術品に重用されてきたガラスビーズが用いられていて、近づいて見れば見るほどその繊細さに驚きます。

森靖《Start up – Statue of Liberty》

木彫や塑像など伝統的な彫刻技法を使い、「美」などの根源的な要素や、記号論的な思い込みや意識に対して問いかける彫刻作品を制作している森靖さん。《Start up – Statue of Liberty》は、現代に必要とされる自由とは何かを考えながら、伝統的な木彫技法を用いて制作されていると言います。公開制作中とのことで、会期中に少しずつ形づくられる自由の女神の完成に期待が膨らみます。

ソカリ・ドグラス・カンプ《Peacetime》

校庭ではなにやら作品を製作中の様子。ナイジェリア出身の作家のソカリ・ドグラス・カンプさんでした。鉄板を加工してベンチや木、植物をかたどり、人々の憩いの場となるような彫刻作品を制作するとのこと。現地に長期滞在し、校舎を改装したアトリエで制作する様子も4月上旬まで来場者に公開されました。完成後は半恒久的作品として校庭の噴水付近に移設し、作品に人が座って休んだり思索にふけったりできる空間になるそうです。この記事が公開する頃にはきっと完成しているのではないでしょうか。楽しみです。

アーティストの豊福亮さんも発見!この日はソカリ・ドグラス・カンプさんのお手伝い中だったようで、同じ場所で作家さん同士が交流しながら作品が出来上がっていく様子も微笑ましく感じました。

そんな豊福さんの作品は体育館にあります。《里見プラントミュージアム》と名付けられたこちらの作品は、市原の原風景である里山に、市原の工場夜景をモチーフとしたミュージアムをつくりだすというもの。

1960年代から市原の湾岸部につくられた工業地域。60年以上にわたり休まず、たゆまず、動き続けてきた工場群は、今では市原の象徴的風景の一つです。体育館内には、以下5人の作家の工業的なエッセンスをもった作品も展示されています。

角文平 《Fountain》
ドラム缶に積み上げられたオブジェが、絶えず中身を循環させる。石油缶やチョコレートの噴水に、作家は列強や経済大国、エネルギー争奪戦争や公害といったシンボルを重ねる。大食い願望を軽やかに見せながらも、資本主義社会で私利私欲に溺れて破滅する危険性など暗黒部分と向き合わせる本作は、物事を多角的に見せる工夫と手がかりを示す。

栗山斉 《真空トンネル》
大気圧と真空でつくられたトンネルの構造を観測する作品。内側と外側で大気圧に大きな差異が生じているガラス管を局部的に熱すると、柔らかくなったガラスが大気圧に押され(真空に引っ張られ)形態が変化する。できた凸凹状のガラス管では放電が不安定になって光がゆらぎ、大気の圧力が可視化される。

千田泰広 《0.04》
滴る水が屈折率の変化し続けるレンズとなり、床や壁面に、連続的に変化する光の模様を描く。水滴内部の微細な変化により、二度と同じ模様が現れることはない。宇宙を構成する主要素である、光、空間、時間が、重力と水の表面張力によってつなげられる。

原田郁 《HOUSE #001》
作家は仮想空間におけるユートピアをモチーフに絵を描く。その世界では、あらゆるものが簡易的な形に抽象化される。作家が描く「家」は一見CGのように無機質だが、よく見れば個性や表情がある。キャンバスや建材に絵の具で描くことで、現実世界と仮想世界をつなぐ橋を架ける。

柳建太郎 《FUROCCO》「風呂+トロッコ=FUROCCO。アートを楽しむ身支度をしよう。FUROCCOに乗りこんで、心はピュアに心身を清めよう。さあ、芸術祭に出発進行!」(柳)

角文平 《Fountain》

インフォメーションセンターには、公式グッズなどのほか、地元の食材などが販売されているショップも併設されています。

旧里見小学校でのお楽しみはなんといってもこちらのレストラン。EAT&ART TAROさんプロデュースの「SATOMI HIROBA」は入館料なしで利用できます。塩田済シェフ特製の手作りのベーコンと房総の新鮮卵を挟んだフォカッチャサンド、房総の豚肉を使った揚げたてカレーパンやスイーツ、珈琲などメニューも豊富。

その場で自分でつくれる生いちごミルクも最高の味わい!

この日は自家製プルドポークがたっぷり挟み込まれたサンドイッチをオーダー。さっきイカメンチを食べたことも忘れてパクパク食が進みます。ジューシーでとってもおいしい!校庭に置かれた小さくて可愛いカラフルな机や椅子に腰をかけて食べるのもどこか懐かしい気持ちになります。先を急ぎたい人は、テイクアウトメニューもあるのでコーヒー片手にアートめぐりもおすすめです。

会期中はEAT&ART TAROさんによる「おにぎりのための運動会!」もこの場所で開催されています。ラストは5月18日(土)なので、ぜひ参加してみてくださいね。たっぷり運動したあとにみんなで食べるおにぎりは至福の味です。

木村崇人《森ラジオ ステーション× 森遊会》

旧里見小学校を出て車で少しいくと、月崎駅にある小湊鉄道の旧詰所小屋を森に見立て、人と自然との関係を見直す「森ラジオ ステーション」が現れます。有志団体「森遊会」が通年維持管理を行い、地元の人に大切にされ続けています。会期中はラジオをチューニングして、森から森へ旅を楽しめるプロジェクトや、森を遊ぶワークショップを実施。屋久島や飛騨の森、月崎の森など、さまざまな森の音の旅を楽しめて癒されるのでぜひ立ち寄ってみてください。

「みんなでつくるがっこう 月出工舎」には注目作家の作品が揃い踏み!

市原市の山間部にある月出小学校に到着です。2007年に閉校した月出小学校は、2014年に芸術の発信拠点として大きく生まれ変わりました。「みんなでつくるがっこう 月出工舎」をコンセプトに、「遊・学・匠・食」の4つのプロジェクトを展開。芸術のみならず、あらゆる分野や世代を超えた取り組みが、時間をかけて着実に月出の森に根付いています。

中根唯《出る月の絵たち / 絵の宿木》

校舎に入る前に、まず外の作品をめぐります。なにやら古民家に白い物体が巻き付いているように見えます。なんだろう。「家とも自然とも言えない空き家という環境に、宿木のようなあり方で絵を介在させることはできないか」という作家の想いから、少しずつ周囲の自然に侵食されていく家屋に残る人の暮らしの気配を繊細に感じ取り、外からやってきた種が少しずつ周囲と調和しながら根を張るように、時間の経過と共に育っていく作品を目指したとのことです。

白い塊はジェスモナイトという素材を使用して制作されているそうですが、近づいてみても繭のような、生き物のような不思議な作品でした。

ほかにもさまざまなアーティストの作品が外のスペースで見られるのですが、起伏が激しくてちょっとした山登りを楽しみながら鑑賞することになります。必ずスニーカーを履いてきてくださいね。

月出工舎の全体ディレクションを手掛ける岩間賢さんが、月出の暮らしの中にある先人からの知と技を継承し、月出の森から集めているという「雫」を貯蔵する土づくりの作品をプールに設置しています。本作は2021年の「いちはらアート×ミックス」で発表した養蜂の機能を持つ野外彫刻《ほとり》の空間と合わせて展開されたもの。会期中には土壁塗りの公開制作を行い、その熱気や創造のプロセスの現場に立ち会える場となるそうです。

そして、敷地内の一番山奥で体験できるのが、今年のヴェネチア・ビエンナーレの日本館の展示作家でもある毛利悠子さんによる《I Can’t Hear You》です。音だけの作品なので見過ごしてしまわないようにしてください。

タイトル《I Can’t Hear You》は、NHK 番組「ここに鐘は鳴る」に出演した際の鈴木大拙が、国際電話がうまく通じずに繰り返した言葉の引用。この言葉を会場の両端にあるスピーカーから一瞬だけ時間をずらして流す。端から端に向かう鑑賞者は、ある一点においてエコーが消えるのを感じる。ようやく聞こえた言葉が「I canʼt hear you very well(よく聞こえません)」であることの意味と無意味を、この混沌とした今の時代に響かせる。

とガイドブックに書かれていたので、ある一点を探してみるもこの日は見つからず。またリベンジしたいと思います。

体育館には「距離」をモチーフとした石川洋樹さんによる《彫刻あるいは距離を測る為のプラットフォーム》が展示されています。

ショップには、 月出工舎に巨大壁画を描いた岡田杏里さんによる陶器のオブジェも販売されていました。とっても可愛くて欲しくなります。

岡田さんは、月出の暮らし、動植物、伝説、住民から聞いた昔の風景の話をもとにして、土地の記憶をテーマに巨大壁画を制作。3階建ての月出工舎の約11×15m の外壁を中心に、階段内部まで物語性のある壁画がダイナミックに描かれているのでじっくり鑑賞してください。

ベルリン在住の田中奈緒子さんによる《彼方の家》も見応えたっぷりなので時間が必要です。遠近感がわからなくなるほどの巨大な椅子がお迎えしてくれます。

「築約100年の古民家とその周辺域を詩的なサイトスペシフィック・インスタレーションとして蘇生させた作品」とのことですが、この家でかつて使用されていた家具や小物が、床に溶け入るように設置されていて、さらに土間にはアリ地獄のように深く大きな穴が口を開けていて圧巻です。

 

月出工舎にて焙煎工房を構える「ヤマドリ珈琲」では、南市原をイメージした珈琲豆の販売や焙煎師が淹れるコーヒーを味わえます。また、月出の森で食べられるBBQ スタイルのサンドイッチや地元野菜を使用したオリジナルデザートを週替わりで楽しめます。さらに、森の恵みでつくられた自家製シロップを使用したかき氷「月出のかまくら」が期間限定で登場。こちらも休憩場所として要チェック。

廃校めぐりはまだまだ続きます。次は旧平三小学校。養老川の支流である平蔵川に沿った大多喜街道の道中にある平三地区にあります。旧平三小学校は140年の歴史があったそうで、校庭の地下には川廻しという手掘りの水路が流れていて、先人たちが地域の発展ために捧げた思いを見ることができます。

校舎に入ると階段には九九を覚えるためのこんな工夫が。これなら毎日階段を上がりながら覚えられそうです。

暗闇の中の理科室や賑やかな音楽室でのアート体験

旧平三小学校に3つの作品を展示しているのが冨安由真さん。見えないものや不確かな存在への知覚を鑑賞者に想起させる没入型のインスタレーション作品や絵画作品を発表されている作家さんです。会場にある3つの冨安さんの作品は1つ目が「上昇」、2つ目が「下降」、3つめが「水平/均衡」をキーワードに制作されています。

「上昇」をテーマとした作品《Jacob’s Ladder (Dream For Ascension) / ヤコブの梯子(終わらない夢)》は、2階から3階にかけての階段および3階から屋上への梯子スペースに展示されています。「ヤコブの梯子」は、旧約聖書に登場するヤコブが夢で見た天から地へと伸びる梯子のこと。また、「Ascension」とは日本語で「上昇」を意味しますが、キリスト教においては「天国に魂が昇る」ことを表しており、階段を登り作品を鑑賞する行為を通じて、答えの出ない「死」について問いかけていると作家はコメントを残しています。

3つめの「水平/均衡」をテーマとした《Three on the Level》も同じ校舎内にあります。作品のモチーフとなっている「3」という数字は、ピラミッドやキリスト教の三位一体など古くから思想や信仰の中で使用されてきました。三角形は安定を意味し、また「第三者」「三人称」などは中立や客観性を意味する概念でもあります。作家の重要なテーマである「視点の重なり」を軸に、暗闇の理科室で幻想的な体験を創出します。理科室にある実験道具は倒さないように気をつけて。

二つめの「下降」をテーマにした《The TOWER (Descension To The Emerald City) / 塔(エメラルド・シティに落ちる)》は別棟にある配膳室に展示されていますのでそちらもお見逃しなく。

レンズやゼンマイを使用したキネティックなオブジェの制作や、人間の視覚を比喩的にとらえた作品などを発表している秋廣誠さんによる《時間鉄道》は、傾斜のある長さ6m のレールの上を、350kg 相当の鉄道車輪が約2か月かけて「降下」していく作品です。

ゼンマイ時計では、脱進機と呼ばれる機械によってゼンマイのエネルギーをゆっくりと解放しますが、本作では重い車輪の「転がろうとするチカラ」がゼンマイの力に相当します。脱進機が搭載された車輪は、展覧会会期という有限な時間と共にゼンマイのエネルギーから次第に解放されていくというコンセプトですが、じっと見ていても動いている感じがしないのに、それでも少しずつ降下していっているというのが不思議で、ただただ見入ってしまいます。

アブドゥルラーマン・アブダラ《最後の3人》

部屋は照明を落とし、この学校の最後の生徒となった3人が書き残したという黒板の別れのメッセージに視線が向くよう、スポットライトが当てられている。この作品は、「子どもたちが残していった言葉のしたたかさを観客に考えさせると同時に、一つの章が幕を閉じれば新たな章が始まるという楽観に満ちた表現となっている」と作家のコメントがありますが、そもそもこの黒板は本当に生徒たちが書いたものなのか、すべてが作品なのか、置かれたりんごとシャンデリアの意味は? と、いまだに謎に包まれたままです。

笹岡由梨子《Animale(アニマーレ)》

自身の身体のパーツ、そして自身で作詞作曲した音楽で構成された映像を用いて、独自の作品世界を築き上げてきた笹岡さん。今作《Amimale(アニマーレ)》は、「動物と人間の境はどこだろう?」「動物にとっての労働とは何だろう?」という素朴な疑問から生まれたそうです。学校で飼育され、かわいがられていた鶏やうさぎ、猫などの実話をもとにつくられた独自の生き物たちが、音楽室で労働歌を奏でる姿は奇妙だけど可愛らしい。賑やかで楽しい作品です。

バハマの作家ラヴァル・モンローさんの《サンクチュアリ》はほぼすべてが段ボールでできています。作家は段ボール古紙を、貧しい素材と呼び、経済的に貧しい者たち、すなわち大衆のイメージを重ねています。反抗の象徴であるガイ・フォークス人形と、それを囲む4匹の猟犬が対峙する構図ですが、それらはすべて貧しい素材でできており、単純な二極対立構造ではないことを暗示します。教室の奥に飾られた絵は作家の家族だそうで、カリブ海に浮かぶ遠い島で生まれ育った作家の人生を市原の奥地で垣間見る。そんな異空間な教室でした。

地方の芸術祭では廃校になった小学校がアートの舞台として使われることが多いですが、どんな芸術祭でもそこで過ごした子どもたちの笑い声や生活が思い起こされて、思い出深い学び舎がアーティストたちによってまた息づいていく光景がたまらなく素敵だなと感じます。

後編も廃校へ!内田未来楽校→上総牛久駅周辺→市原湖畔美術館ルート

Photo:Eri Masuda
text :Kana Yokota 

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