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チバニアンの地層に刻まれた声に耳を傾けるー。ニブロール「風か水やがらんとした空か」パフォーマンスレポート

2024.07.01 | 内房総アートフェス

イベント

百年後芸術祭のイベントとして、5月18日(土)、19日(日)の二日間、世界的に注目を集める国の天然記念物「養老川流域田淵の地磁気逆転地層」を背景に開催されたニブロールによるパフォーマンス。

この場所は「チバニアン」と呼ばれ、千葉県市原市の観光スポットとしても人気の場所ですが、この二日間は鑑賞者のための特別な空間となりました。

ニブロールは、1997年に振付家の矢内原美邦、 映像作家の高橋啓祐、音楽家のスカンク/SKANKを中心として結成されたパフォーミング・カンパニーです。彼らは舞台のみならず、美術館でのパフォーマンスやビジュアル作品の発表などを行い、身体表現の可能性を追求する唯一無二の集団です。

日常の身ぶりをモチーフに現代の空虚さや危うさをドライに提示するその独特の振付けは国内外での評価も高く、そんなニブロールのパフォーマンスがこの百年後芸術祭でも体感できるとあって、たくさんのファンが駆けつけました。

入り口にはチバニアンビジターセンターがあり、チバニアンのことや地磁気逆転のこと、化石のこと、地層の研究の歴史などについてパネルや展示で紹介されています。ガイドスタッフが常駐されているので、地層見学前に立ち寄るのがおすすめです。

20名ほどの参加者とここからゆっくりくだっていきます。

道を進んでいくと、パフォーマーが土の上に並べた服が目に入ります。誰の服なのか。なぜここに置かれたのか。入り口で渡されたパンフレットには「黒い丘から死者を見送る。」という言葉から続く一編が書かれていて、きっとこれは大切な誰かが生前に来ていた服であろうということ理解します。

林の中をどんどん進んでいくと、木々の間に、少しだけ開けた空間が現れます。どうやら最初のステージはこの場所のようです。白い衣装を身に纏った、矢内原さんを含む3人のパフォーマーが、高い木々から漏れる光を浴びてゆっくりと踊ります。踊り、と言うよりは、能の舞のようなゆったりとした動きです。

それぞれ草木のオブジェ、軍人や恐竜が散りばめられた白と黒のオブジェを背負い、ゆっくりと静かに、自然と光とともに時間を過ごします。時折観客が「チリーン」鳴らす金の音だけが林の中に響き渡り、実に静謐なひととき。

15分ほど彼らの舞に見惚れていると、3人はそっと背負っていたオブジェを置いて川へとくだっていきます。

この作品は、二年前の大地の芸術祭で上演された宮沢賢治の『ガドルフの百合」をモチーフにした『距離のない旅』に続くもので、タイトルの『風か水やがらんとした空か』もまた、『銀河鉄道の夜』のプリオシン海岸のシーンでの大學士の言葉からとったそうです。

ここ数年で大切な人をたくさん亡くしたという矢内原さんが、深い悲しみに暮れる日々の中、幼い頃から好きだった宮沢賢治の作品を読み返し、そこから着想したシリーズとのことです。

「そこにいくつかの体や、感覚や、その影を見ました。そして、その中から失いたくない記憶を紡いで三部作を作ろうと思い立ちました」。(矢内原美邦)

5月のチバニアンは、少し日差しは強いけれど、渓谷ならではのひんやりとした空気もあいまって、風が吹き、とても心地よい場所だったことが印象的です。

川に入った3人の男性が、ホルンやトランペットを奏でます。

川の流れる音、太陽の光に美しく煌めく水面、雄大な景色に浸りながらも、パフォーマーの動きから目が離せません。ゆったりとした動きから、次第に激しく、水飛沫を飛ばしながら全身で踊ります。

3人が引っ張り合い、抱き合い、もがきながら、表現しようとしているものはなんなのか。なにかものすごくつらいことや悲しみから逃れたいのか、救われたいのか、なぜ人はずっと穏やかでいられないのか。大自然の中では人間の悲喜交々なんてとても小さく見えて、この瞬間も遠くの国で命を奪い合っている人間たちがいることがとても愚かに感じられます。地球や自然は何も変わらないのに。

大切な人をたくさん亡くした矢内原さんの悲しみや自分自身の中に積もった悲しみの数々がどんどんと溢れ出てきて、涙が頬を流れます。

でも、それでも人は生きていく。今、この瞬間にしかないこの川の流れとともに。

芸術祭の終盤に、なにやらものすごいものを見せてもらった、という感覚となった今回のパフォーマンス。「100年後を想う」というテーマの芸術祭だけれど、そのテーマについて、千葉の奥深く、風と水と光と空を全身で感じられるこの場所で体感できたことの感動が何度も押し寄せました。

そして、パンフレットに書かれた矢内原さんのコメントを読んで、さらにこのパフォーマンスを鑑賞できたことの喜びを噛み締めます。

「チバニアン」で世界的に注目を集める国の天然記念物「養老川流域田淵の地磁気逆転地層」を背景に行う、ダンスというよりは「経験」という表現がしっくりくるパフォーマンス。ここで起こった事象について、心象やその時間について、遙かなるときを超えて空想する。約77万年前の地磁気逆転の地層に刻まれた声に耳を傾け、そこに降り積もった記録を経験し、いまここにいる私たちについて考える。

いまここにいること、生きていること。自分はちゃんと存在している。その感覚をずっと感じられるような日々を過ごしたい。

三作品目も楽しみです。

振付:矢内原美邦 美術:高橋啓祐 音楽:スカンク/SKANK

Text:Kana Yokota

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