ストーリー

アートを原動力に、一人一人がちゃんと自分の努力で生きられるという状態が望ましい。

2023.08.28 | 千葉県

インタビュー

千葉県誕生150周年記念事業総合ディレクター 北川フラム 

———「百年後芸術祭」に関わることになった経緯をお聞かせください。

実は、千葉県とは不思議な縁があり、高校生のときに半年近く、駅でいうと下総中山に住んでいたことがあるんです。それからずいぶん経って、市原湖畔美術館が改修になるということで、その改修をどうしたらいいかという相談がありまして、それが縁となって美術館の指定管理を手がけるようになりました。小さな美術館ですが、それでも全国的に評価の高い展覧会を開催してきたと思っています。そんなことがありながら、僕がほかの地域でやってきた芸術祭を千葉でもできないだろうかということで、「いちはらアート×ミックス」を開催しました。

特に小湊鉄道を通していろいろなことを考えていこうということをやっていましたね。「いちはらアート×ミックス」は、アートだけではなく地域の生活、風景、食をミックスでやろうというものでした。

基本的に芸術祭に関しては、僕が「ここでやろう!」と地域を選ぶのではなく、自治体などからオファーがあったところでやれることをやるというスタンスです。市原湖畔美術館は市原市の中でも南部の里山のところにあるんです。南部は面積は全体の半分あるんだけど、人口は数分の1しかないという場所です。千葉県全体は実に自然豊かだし、いろんなものがあるのだけど、市原の南部はやっぱり非常に過疎なんですね。だからそんな地域が元気になるためにはどうしたらいいかを美術館の活動をやりながら考えていかざるを得ないわけで、東京の近くで、工業地帯の横にありながら過疎になってくる農村地帯というところから入れたのは非常にありがたかったです。

© 2020 Ichihara Artmix Committee.

———今回、「百年後芸術祭」ではどんなアートを展開していこうとしているかお聞かせください。

「百年後芸術祭」は「いちはらアート×ミックス」で活動してきたことがリサーチのベースになっています。地域を回ってみて、千葉の皆さんが長い歴史や農業、あるいは漁業を中心とした生活に価値を見出したいと思っておられることに驚きました。千葉県全体はすごく広い土地だし、農業・漁業というのは千葉県のベースにあるということを知事もほかの方々も感じています。

内房総アートフェスは、農業など昔からの千葉の遺伝子を打ち出したいと思っています。木更津なんかは昭和の時代から東京、川崎、横浜に近く、すごく賑わった歴史があるんです。木更津の花街にも当時は4000人近い人がいて、当時の見番が今も残っているんですよ。当時の豊かで元気が良かった昭和レトロの街をアートの舞台にしたいと木更津市が思っているのはちょっと驚きでした。見番というのは、お客さんが来られると、「あのお店にはあの芸者さん」、「この店にはその芸者さん」といった差配をやるんです。そういう見番の建物が残っていて、今も月に何回かはお稽古事をそこでやっている。今もまだ何人か残っているそうなんです。そんなところほかにあんまりないんです。殷賑(いんしん)を極めた時代があって、そのときの町の面影が木更津の駅前にまだ残っていて、興味深いですよ。

———「いちはらアート×ミックス」などのご経験から、芸術表現の場として千葉県の魅力や可能性をどのようなところに見出されているか、お聞かせください。

日本は2017年に文化芸術基本法を改訂しました。その中に、地域と関わる芸術祭と日本食の重要性が入ったんです。今までは食なんて文化に入っていなかったのですが、食で重要なことは豊かであること、旬のものを食べるから栄養バランスがいい、そして彩りを考えて見た目や出し方を工夫する。これらの点から日本食は世界的にみても(文化として)重要だということです。これらはもう千葉県にとってはぴったりのテーマですね。

熊谷知事は「千葉は日本の縮図だ」と仰っていますが、言い方を変えると僕は「東京の隣に北海道があるようなもの」だと思っているんです(笑)。広くて、自然豊かで、おいしいものがたくさんあるという意味で。

あとは、アクアラインで来ると本当によくわかるのは、三浦半島と千葉県の近さです。源頼朝が千葉にきて再起したというのがよくわかりますね。ほかの地域に行くよりは近いし豊かですから。里見八犬伝の里見家がもう一つの王国をつくろうとして千葉で頑張ってきたこともわかるような気がする。江戸時代も徳川幕府がほぼ直轄地にしていましたし、そういうことも含めて千葉県は本当に重要な土地だという感じがします。

「いちはらアート×ミックス」の作品。レオニート・チシコフ《7つの月を探す旅「第二の駅 村上氏の最後の飛行 あるいは月行きの列車を待ちながら」》
© 2020 Ichihara Artmix Committee.

———逆に、千葉をめぐられて課題として感じられたことはありますか?

千葉における課題というのは、東京に近いけれども農村地帯は人口減少がすごく激しいし、学校の統合がすごく行われていること。人口が減っていくとコミュニティが成立しません。それは大変なことだし頑張らなきゃいけない課題だと思います。

世界全体で見れば人口減が望ましいともいえるわけです。人口爆発のほうが怖いですからね。ただ、これまで高度経済成長で来たところが人口減で急激にしぼんでいるから大変で、その問題を解決しなきゃいけないんです。人口が減る中でどうコミュニティを作って豊かな生活ができるかという課題に直面しています。「いちはらアート×ミックス」もそれが最初の出発です。長年、里山連合の人たちとの縁はかなり丁寧に進めてきました。10年前とはアートに対しての理解もだいぶ変わりました。ようやく地域の中で根ざしてきているような気がするし、市原全体でも学校の美術の先生たちが一緒にやってくれるようになってくるなどだいぶ変わってきました。

それと、市原の地域は外国人労働者の方が結構多く、中国、韓国、フィリピン、ブラジル、ベトナムからアーティストを招いてワークショップをやったことがあります。このように市全体が持っているいろいろな課題というのはあるわけで、そういう課題に少しでも関われればいいなと思っていましたが、10年ぐらい経つと少しずつ形になってくるんですね。小湊鉄道の社長さんも、はじめはよくわからないときょとんとしておられましたが、すごく意識に変化があったようです。嬉しいですね。

———この芸術祭が日本の社会やカルチャーシーンにどのような影響があることを期待されているかお聞かせください。

20世紀は機会均等とか民主主義とか、どこにいても同じ体験ができるとかそういったことが目標とされてきました。それがホワイトキューブといわれる白い箱型のギャラリーです。市原であっても東京であってもニューヨークであっても、作品はすべて同じように見えるということが大切でした。実はこの価値観は美術館からではなく建築からで、東京も千葉も、ニューヨークもヨハネスブルクも全部同じ景観になりました。同じ景観にすることが一つの目標だったのですが、実際には都市だってぐちゃぐちゃだし、それでいい結果が出たわけじゃない。みんなを蹴とばしてレールに乗るしかないとか、競争とか、刺激とか、大量生産大量消費の時代になった。そうすると、本当はこれが生きているリアリティじゃないんじゃないかと思うようになってくるんです。

一人一人がちゃんと自分の努力で生きられるという状態が僕は望ましいと思っていて、それが充実感につながるのだと思っているんです。そういったことのベースになるようなことにアートというのはいいんじゃないかと思っています。

英国数理社の試験を解いて、平均点や偏差値を伸ばすことが良いのではなく、個人個人の考え方や感覚によって生き方が決まっていくような、責任を持てるような生き方しか今後は意味がないんじゃないかと僕は思っています。どんな場所でもなんとか生きていけるとか、そこの土地の人は守ってくれるというのは一番大切な価値観だと思っているので、そういう価値観のベースに美術があるといいなと思っています。千葉には里山・里海の良さがずっと残っています。そして江戸時代にも大きな藩があったわけではないから、地域の単位が適切な単位のコミュニティがあるというのがいいと思いますね。それが一番の特色だと思います。

———百年後、どんな未来を望みますか?

正直僕は今日、明日のことしか考えていないので、それ以上のことを全く考えられません。せいぜい2年先の芸術祭の骨格をもわっと考えるぐらいで、現実的には今日明日のことで精いっぱいです。芸術祭というのはその地域が長期的に成長していくために大切なことをやっていきたいと思っているので、結果的に未来を考えていることにはなるのでしょうけれど。100年先のことを考えている人たちは立派だと思います。今、多くの人はこれからどう生きるかに死に物狂いですよね。いろんなことががらがらと変わっていますから。そういう中でみんな自分がどう生きるかと考えることはとても大事なことだと思います。

text :Kana Yokota

北川フラム Fram Kitagawa

アートディレクター、アートフロントギャラリー代表。1946年新潟県生まれ。東京藝術大学美術学部卒。1971年に東京藝術の学生・卒業生を中心に「ゆりあ・ぺむぺる工房」を設立し、展覧会やコンサート、演劇の企画・制作に関わる。1982年、株式会社アートフロントギャラリーを設立。主なプロデュースとして、「アントニオ・ガウディ展」(1978~79)、「子どものための版画展」(1980~82)、「アパルトヘイト否!国際美術展」(1988~90)、「ファーレ立川アートプロジェクト」(1994)など。アートによる地域づくりの実践として「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(2000~)、「瀬戸内国際芸術祭」(2010~)、「房総里山芸術祭 いちはらアート×ミックス」(2014、2021)、「北アルプス国際芸術祭」(2017、2021)、「奥能登国際芸術祭」(2017、2021)で総合ディレクターを務める。フランス芸術文化勲章シュヴァリエ、ポーランド文化勲章、朝日賞など受賞多数。2018年、文化功労者に選出される。主著に『希望の美術・協働の夢 北川フラムの40年1965-2004 』(角川学芸出版)、『ひらく美術 地域と人間のつながりを取り戻す』(ちくま新書)、『直島から瀬戸内国際芸術祭へ─美術が地域を変えた』(福武總一郎との共著/現代企画室)など。

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新たな形のバンド「Butterfly Studio」によるライブアートパフォーマンスを「百年後芸術祭」のこけら落とし的なイベントにしたい。

千葉県

2023.08.28

インタビュー

新たな形のバンド「Butterfly Studio」によるライブアートパフォーマンスを「百年後芸術祭」のこけら落とし的なイベントにしたい。

千葉県誕生150周年記念事業総合プロデューサー 小林武史 ---------まずは今回の「百年後芸術祭」発足の経緯をお聞かせください。 経緯となると少し長くなるのですが、僕が千葉・木更津でKURKKU FIELDSの前身となる農業生産法人 耕すを始めてしばらくしてから2011年に東日本大震災があり、ap bankを通じてボランティア活動をかなり大がかりにやっていたんですね。 それまでも未来に続いていくためのサステナビリティな活動を続けていましたが、震災があって、より東北に焦点を当てて時間をかけてやってきました。そんなとき、2012年だったと思いますけれども、ある知人の紹介でぜひ行ってほしいところがあると。それが新潟で行われていた大地の芸術祭だったんです。 北川フラムさんがやっているということくらいしか知らなかったのですが、実際に訪れてみて、本当にこの世界は地域の繋がりや営みでできているなと実感したんです。中央の権力に追従していくだけではなく、危うい未来に対しての問いかけをアートを通じてこんなに見事に実践している人がいることに感動しました。 一方で、僕らは2005年からap bank fes という音楽イベントを静岡県のつま恋でやっていて、震災後に復興支援の一環として2012年に東北でも2日間やりましたが、2、3日で終わってしまう音楽イベントだけでは絶対に成し遂げられない、もっと地域に入り込んで、会期が終わっても町自体がアートを通じて、良い方向に向かうような活動をするべきだと思ったんです。そうして始めたのがReborn-Art Festival(リボーンアート・フェスティバル)でした。 そして、それとは別に、食を通じて続いていく未来をつくっていくために最初にお話しした「耕す」を木更津で並行して続けていたんですね。もちろん音楽活動もやりながらですが、2010年代はずっと東北と千葉の両方で活動をしていたんです。そして、2019年に農業法人からもう一つステップアップしてお客さんを呼び込める場所としてKURKKU FIELDSをオープンしました。KURKKU FIELDSは決して僕個人の利潤追求のためにつくったわけではないのですが、やはり一つの事業としてスタートするべきだという風には思っていました。 千葉県木更津市にある30haの広大な土地を利用して、「農業」「食」「アート」の3つのコンテンツを軸としたサステナブルファーム&パーク「KURKKU FIELDS(クルックフィールズ)」を2019年にオープン。 2017年に宮城県石巻市・牡鹿半島を中心に51日間にわたって初めて開催され、豊かな自然を舞台に地元の人々とつくりあげた、「アート」「音楽」「食」を楽しむことのできる新しい総合芸術祭。3回目の「Reborn-Art Festival 2021-22」は「利他と流動性」をテーマに開催。 一方で、Reborn-Art Festivalというのはボランティアの延長で行っているものだという感覚があり、だからこそ僕は石巻の各地域に入り込んでいって、化学反応を起こしていく、出会うということをやってきました。ネガをポジに変えるアートの力をすごく感じたこともあり、東北と同じようにKURKKU FIELDSのある千葉でも芸術祭ができないかというようなことを実は数年前から妄想していたんです。 同時に、フラムさんが市原市で「いちはらアート×ミックス」をされていて、何度か見学にも行っていたんですね。アートというものが想像力や創造力を繋ぎ、この世界に足りないものを補っていく力があるということを感じ、KURKKU FIELDSでもアート作品を展示し始めていたこともあって、少しずつプロジェクトを始動しました。フラムさんと話す中で、若いクリエイティブディレクターを入れたいということで、大木秀晃君(OOAA inc.)に参加してもらい、小さなチームをつくりました。彼らとブレストしていく中で出てきた言葉が、「百年後芸術祭」というものでした。 ---------「百年後芸術祭」の具体的な内容についてお聞かせください。 「百年後芸術祭」はかなり大きなプロジェクトですから、フラムさんにお任せする部分と別軸でまず最初に目立つイベントをやりたいと思っています。 僕が音楽家だということもあるのですが、一つ一つのアートと対峙していろんなものに出会ったり気づいたりというようなアート鑑賞もすごく素敵だけれども、音楽をやっていると時間軸の中での表現なわけで、今回はその時間軸の中でできるアートパフォーマンスにチャレンジしたいと思ったんです。つまり作品を展示するだけじゃなくて、「こういうことをこの百年後芸術祭ではやりますよ」ということを最初の段階で見せていくのがいいんじゃないかと考えました。 大木君が「百年後芸術祭」というネーミングを考えてくれて、この芸術祭をどんなものにしたいかと話すうちに、千葉という場所があまりに東京と近いために旅情を感じられる要素が少ないということが課題に上がりました。フラムさんがやってこられた瀬戸内や新潟、奥能登芸術祭などとは違って都心からすぐ来られる場所なので、センチメンタルやノスタルジックということとは違う、もっと現代の最先端のクリエイターによるテクノロジーアートを見せられないかと思ったんです。 そこで新たに結成したのがButterfly Studio(バタフライ・スタジオ)です。音楽だけでなく、映像、テクノロジー、サイエンス、コンテンポラリーダンスなどさまざまな分野のアーティスト、クリエイターが新しい表現を創りだすために集まっていただきました。さまざまな才能を持った人がバンドのように集まり、お互いの感覚を響き合わせながらつくっていくチームで、このチームでやるイベントを「en(エン)パフォーマンス」と名付けています。現在「百年後芸術祭」のための作品を製作中で、具体的に決まっているものとしては、KURKKU FIELDSを舞台に10月21日に開催するライブアートパフォーマンスです。 僕が音楽制作に携わらせていただいた岩井俊二監督作品『スワロウテイル』という映画がありまして、この劇中に登場するYEN TOWN BAND(イェン・タウン・バンド)のChara、同じく岩井監督との2作目『リリイ・シュシュのすべて』という作品でLily Chou-Chou(リリイ・シュシュ)を務めたSalyu、そして、10月13日に公開される3作目の音楽映画「キリエのうた」の主演Kyrie(キリエ)を務めた元BiSHのアイナ・ジ・エンドに参加してもらいます。 Butterfly Studioのスペシャルプレゼンツとして「百年後芸術祭」にお招きする感じですね。僕と岩井監督の3部作記念でもあるし、Kyrieデビュー後の初ライブ記念でもあって、いろんなことが重なっています。 また、Butterfly Studioにはドローンチームもいて、個人的にもとても楽しみなチャレンジです。ドローン技術もどんどん進化していて、アメリカのバーニングマンというフェスでも近年音楽と融合したドローンパフォーマンスが話題になりました。こちらもぜひご期待ください。 ---------Butterfly Studioとしての活動は「百年後芸術祭」後も続いていくのでしょうか? そうですね、一過性のものとは考えていません。100年後の未来を考えながら、新たな表現を創り出すバンド、と言う形態なので、僕自身もどう進化していくのか楽しみにしています。 大震災や温暖化問題、コロナ禍などを経て、僕らは自然の一部であるということを感じないで生きていくことはできなくなりました。僕らの社会的な営みがこうして地球の気候にも影響を与えているということが鬼気迫る勢いで課題となっています。 これから僕らは自然とどういう関わり方をしていくべきなのか、東京を支えるための役割であった場所と東京という大都市とを俯瞰で見るといった視点は僕の中でずっとあって、それは「人工と自然」ということでもあるのですが、Butterfly Studioとしてもその着眼点を持ってコンセプトを考えています。 ---------「百年後芸術祭」の開催準備を進めていくなかで、芸術祭プロデューサーとして課題やハードルだと感じることはありますか? Butterfly Studioでいえば、みんなが各界の第一線で活躍している方々ばかりなので、予定を合わせることのハードルにはじまり、みんなの意見を合わせることの難しさはやはりありますね。プロデューサー的にはそれぞれのクリエイターやアーティストの持っている才能にさらに加算というか、僕が入ることでさらに響かせていくということもあるのですが、逆に有機野菜のように、素材の持つ良さをそのまま生かしたほうがいいんじゃないかということもあって、そのメリハリを大切にしたいと思っています。 50分ほどのパフォーマンスの時間軸の中にいろんな要素が入ってきますから、そこには主従関係がほぼないんですよね。たとえば今年ap bank fes’23を開催しましたが、あれはBank Bandとして櫻井君に演者としてメインになってもらっていますが、Butterfly Studioはそうではなく、メインの演者は立てずにやろうとしているんです。今年の秋から「en」のパフォーマンスをいくつか開催予定ですが、やっぱりいいものをつくって話題になりたいので、そこが一番の課題と言えるかもしれませんね。 ---------「百年後芸術祭」に興味を持ってくださっている方にメッセージをお願いします。 「百年後芸術祭」は、内房5市(市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市)で行う“内房総アートフェス”を中心に、市川市、佐倉市、山武市、栄町、白子町でも、各エリアその場所に応じたコンテンツを考えています。メインの期間としては、来年の3月半ばぐらいから5月までの2ヶ月間です。ちょうどゴールデンウィークもはさみますし、Butterfly Studioのパフォーマンス「enパフォーマンス」やアート作品の展示、食のいろんなイベントも企画予定です。春の比較的気候もいいときに房総半島を巡ってもらえると、きっと楽しんでいただけると思います。 実際に走り出していて感じるのは、やっぱりみんな100年後という言葉に反応するんですよね。おそらく100年後に希望だけを託せるものでもなくて、ディストピア的なイメージを想像する人も少なからずいると思います。そういう意味で「百年後芸術祭」は決して希望的観測だけではない、もっとエッジが立ったものになっていくと思います。 また、KURKKU FIELDSという牛や鶏がいる農場にドローンを飛ばすことも実験的ですし、エンターテイメントとしても楽しいものにしたいと思っています。できれば時間をかけて千葉を巡ってもらったり、何回かに分けて来てもらったりしてもらえたら嬉しいですね。この芸術祭に少しでも関心を持っていただけたら、ぜひ足を運んでいただきたいと思っています。 text :Kana Yokota

「百年後芸術祭」に触発された方々が、千葉の各地域でうねりを起こしてもらうきっかけになれば。

千葉県

2023.08.28

インタビュー

「百年後芸術祭」に触発された方々が、千葉の各地域でうねりを起こしてもらうきっかけになれば。

千葉県知事 熊谷俊人 ---------まずは今回の「百年後芸術祭」開催の経緯をお聞かせください。 今年は千葉県誕生150周年ということもあり、これを機に、千葉県広域で文化芸術のうねりを起こしたいというのが、想いとして出てきていたんです。そんななかで、小林武史さんと北川フラムさんという全国的に活躍されている方々と、我々千葉県がご縁をいただくことができました。フラムさんは市原アートミックスを開催されてきた蓄積があったことも大きかったですね。「百年後芸術祭」というコンセプトが小林武史さんや皆さんから出てきて、最終的には内房総5市(市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市)いう形で、まず市町のエリアを越えた母体ができて、さらには100年後を考える芸術祭というコンセプトに賛同された他の地域からも一緒にやりたいという話が出てきてくれたので非常に僕らが理想とするような流れができているなと感じています。 ---------芸術祭開催にあたって、千葉県の魅力や可能性をどのようなところに見出されていますか? 僕はいつも千葉県は“日本の縮図”だと申し上げているんです。まず都市を代表する商業と工業という分野において産出額が全国で1桁の順位なんです。そして、日本の地方の象徴である一次産業である農業、水産業、こちらもいずれも1桁順位。この都市的な商業、工業、それから自然豊かな農業と水産業といった4つともがすべてトップテンに入っているというのは、全国でこの千葉県のみなので、どれだけ千葉県が日本の両面をしっかりと兼ね備えた県かということがお分かりになるかと思います。 そして、地政学・地理的な特性で言えば、千葉県というのは日本の首都である東京の隣にあります。そして成田空港があるという観点で言えば、まさに世界に最も近い場所です。そういった、非常に総合的な魅力にあふれた千葉県の中には、ある種いろんな文化が根付いています。それは都市的な人々が密集するがゆえに生まれてきた都市文化もあれば、自然豊かなそうした環境だからこそ生まれてくる文化もあります。 千葉県は令和5年6月15日に誕生150周年を迎えた。「百年後芸術祭」はこの記念事業の一環として開催される。 千葉県マスコットキャラクター チーバくん 特に僕らは三方を海に囲まれた海洋県でもありますので、特に特徴的なのは、海にまつわる文化だと思うんですね。たとえば、僕らはオリンピックで史上初めてサーフィンを開催をした地域でありますが、サーフィンといえば当然波。この波という切り口で言えば、波を克明に掘って浮かび上がらせて浮世絵にも影響を与えた「波の伊八」の存在があるなど、波に非常に関わりのある文化を持っています。漁業との兼ね合いで言えば、大漁だったときに、漁師に対して晴れ着を渡す、「万祝(まいわい)」という非常に日本の特徴的なデザイン様式が息づいています。そういった、海と関わってきた文化、習俗、デザイン、芸術こうしたものが私達の千葉県には根付いていますので、先ほど申し上げた都市的な文化、それから自然豊かなところから育まれてきた文化、そのなかでも特に千葉県において特徴的なものに光を当てて文化の振興策を作っていきたいですし、「百年後芸術祭」ではそうした都市と自然の両方を、対立軸ではなくて東京の隣の県でもあり、かつ地方県でもあるというこの千葉の魅力を発信できる芸術祭が展開できるのではないかなと思っています。 ---------10年後、20年後といった近い未来の千葉県像のイメージがあれば教えてください。 新型コロナウイルス感染拡大の中で大きく変わったのは、人々の生き方や働き方に対する価値観やスタイルだと思うんです。我々千葉県は、以前から2拠点居住の場として移住する方々が非常に多かったんです。サーフィンをした後に働くことができますし、自然とともに生きながら、東京にもすぐに行くことができる。そんな東京との距離感に魅力を感じて、2拠点生活や移住をされる方が増え始めてきた中で、新型コロナウイルスの感染拡大があり、テレワークが一気に社会として浸透しました。千葉の自然豊かな環境でテレワークをするスタイルが特に増えて来たなというのを実感をしています。 10年後20年後というスパンで考えれば、より技術は進化していきますし、働き方のスタイルもさらに多様化していくでしょうから、ますます千葉の自然豊かな環境で東京や世界というフィールドで仕事をするということができるようになってくると思います。そういう意味では、より千葉県が豊かなライフスタイルを実現する最も適した場所として、より多くの方々に注目をされるようになってくると思っていますし、そういう社会や新たなライフスタイルを実現するための支援策や取り組みを今加速化しているところです。働くこと、生きること、自然と触れ合うこと。今まではそれらを手に入れるために場所を移動していたけれど、すべて千葉県内で実現することができるということを、全国に発信をしていきたいと思っています。 さらには、その流れの中で、自然豊かな環境の中で芸術や音楽を楽しむことができるという千葉県らしさももっと広げていけると思うんです。たとえば市原アートミックスも、自然豊かな環境の中で現代アートを楽しめるという、東京では実現できない感動体験や刺激が得られるということを多くの人が実感したと思うんです。そして、今千葉は「音楽フェス県」となっておりまして、世界でも屈指の大きな音楽フェスが、春夏秋冬いつでも楽しめるようになってきています。もちろんホールの中で聞く音楽というのも充実していますけれど、やはり自然豊かな環境で音楽を聞くことの豊かさがあると思います。これらをもっと大事にしていきたいと思ってますので、千葉でしか味わえない豊かな生き方というのを、多くの皆さんが実感して、千葉に住んで暮らしている世界を、僕らは10年後20年後に作りたいと思っています。 ---------実際にそういったライフスタイルの支援策を具体的に進めているのですか? そうですね。たとえばワーケーションのように、旅行と仕事が兼ねられるような新たなスタイルも出てきていますので、そういう拠点を整備するときに我々県としても支援していますし、そういう生き方があるということそのものを発信するようにしてきています。実際に私の知人もそういう生き方を満喫してる方々が多いんですよ。 千葉県にはジビエ文化もあり、イノシシやキョンなど、農家を守るために駆除した上で、そのお肉をしっかり自然の恵みとして活用していただくという究極のサステナブルな生活スタイルを、テレワークで最先端のIT企業で働きながら実施されてる方々もたくさんいます。そういう生き方をぜひ広げていきたいですね。 KURKKU FIELDSの存在も大きいと思っていて、コンセプトがしっかりしていて、哲学もあって、そしてアートやデザインもあって、豊かなライフスタイルを総合的にコーディネートされた形で展開していただいているので、まさに我々の目指すべき社会をあの場所で具現化してくれているなと思います。 ---------100年後、どんな未来を望みますか? 100年後となるとまず一つ言えるのは、人口が減少していく社会の中で、おそらく日本人以外にも多様なルーツを持つ人たちがともに暮らしていけるようになっていることが考えられますよね。技術も進化をして、AIであったりロボットであったり、生身の人間以外にも社会にいろいろな形でなくてはならない存在が入ってきていると思います。そういう意味では今多様性というのが言われておりますが、僕らが今思っている多様性よりも、もっと広い次元で多様性のある社会が構築をされていると思います。そういう中で、その多様性を最終的に“価値”に落とし込んでいくためには、多様性を受け入れて、そしてともに生きていけるような、共通の想いや価値観、文化など、いろんなものが必要になってくると思うんです。 ですから、「百年後芸術祭」というものがこの千葉県誕生150周年の一過性のものに終わらずに、このコンセプトなり芸術祭というものがずっとその後も、千葉県の中で生きて広がっていくことによって、100年後の多様な社会のみんなの共通のよりどころというか、そういう存在に発展してくれることを期待しています。 そして、僕らが常に考えなければいけないのは、千葉という場所が日本や世界でどう貢献できるのか、どういう新たな価値を僕らが提示できるのかということが大事だと思っているんですね。東京や都市の中で生きてる人の中には、「引退したら田舎で生活しよう」みたいな、何となくおぼろげな人生イメージを持っている人たちが多いと思うんですけれど、千葉はそうではなくて、まさに働きながら自然とともに生きていくライフスタイルが実現できるんだよということもしっかりと提案したいと思います。 千葉は、おそらくこれから分散型エネルギーの見本的な場所になると思います。我々は太陽光発電、洋上風力発電、火力発電もあり、さまざまなエネルギーが集まっています。そういった分散型のエネルギーとしての姿も、千葉県というのは日本の中で特徴的な場所になるでしょうから、SDGsというキーワードがよく言われておりますけれども、そうした新たな社会のモデルが千葉から進んでいきますので、そうした姿も、我々としては世界にしっかりと発信をしていきたいと思っています。 ---------熊谷知事のオフの過ごし方、千葉好きなスポットなどがあれば教えてください。 千葉で暮らしていて本当にいいなと思うのは、子どもたちと休みの日に食事していて「これからイチゴ狩り行こう」とその日に決められること。車で20分も行けば大自然の中でイチゴ狩りができますし、一時間行けば外房で地引網ができる。普通に生活していて、ふらっと大自然でのアクティビティができるところが家族で生活をする上で魅力的だなと思います。一方で、マリンスタジアムで千葉ロッテマリーンズの応援をしたり、幕張メッセで行われる大きなイベントなどを見に行ったりといった、都市的な生活も謳歌することができますので、思いついたときにやりたいことが全部同じ県でできるというのは本当に魅力的なんですよ。 ---------「百年後芸術祭」に期待することを教えてください。 まずは、フラムさんに市原アートミックスをやっていただいているので、その土壌は必ず生かされるんだろうと思っていますので、そこからさらにフィールドが広がり、市原以外の街におけるアートがどのように溶け込んで、「こんな場所でアートを展示するんだ!」というような新たな驚きを、個人的にも楽しみにしています。そして、今回はやはり小林武史さんも入っていただいてますので、音楽の部分が合わさって、五感全体で楽しめる芸術祭になると思います。 そして、千葉の方々がまず千葉に自信を持って、「千葉の魅力ってここなんだ!」と実感していただくこと、そして、自分もこういうふうに行動してみようというきっかけになって欲しいです。芸術祭に触発された方々が千葉の各地域でうねりを起こしていただきたいですし、県外から来た人たちには千葉の魅力を実感をしてもらい、最終的には千葉に来ていただいたり、二地域居住していただいたり定住していただいたりという、そういう波及効果が出ることを期待をしています。 ---------千葉県誕生150周年事業としては、どのようなことを目指されているのでしょうか? 目的は大きく二つあります。今までは市町村それぞれで文化的な取り組みをやってきたと思うのですが、今回は千葉県全体で歴史であったり文化的資源だったりを一緒になって盛り上げていくという、市町村の枠を越えて一緒にやるからこその母体がしっかりこの機会に生まれてほしいと思っています。「百年後芸術祭」はそういう意味で、市町村を越えて行われる一つの取り組みです。そして、「百年後芸術祭」だけでなく、いろいろな場所で市町村の枠を越えた取り組みが行われますので、それがまず一つ、僕らの大きな目的です。 もう一つは、もう行政だけで目的を完遂できる時代ではないので、民間をはじめ、企業やいろんな方々と組んで実現をしていく中で、この150周年がある種、千葉県のことを考えていただくいろんな方々とコラボするいいきっかけになっています。前々から地域に貢献したかったという方々が、この150周年を契機に、県庁の門を叩いてくれていますので、それは150周年が終わっても、信頼関係や連携事業が息づいていることになるので、その二つの目的は、関係者の皆様方のおかげで少しずつ形になってきていると思います。「チーム千葉」として、一層チーム力が高まるきっかけになればと思っています。 text :Kana Yokota

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