ストーリー

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発! 「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 2>市原市編(後編/内田未来楽校→上総牛久駅周辺→市原湖畔美術館ルート)

2024.05.01 | 内房総アートフェス

コラム

ノスタルジックな雰囲気の木造校舎では圧巻の大型作品を展示

廃校を訪ねること3軒目。ほかの二つの小学校と同じように内田未来楽校も100年近くの歴史を持つノスタルジックな木造校舎です。地域住民・支援者を中心としたNPO法人「報徳の会・内田未来楽校」のもと、里山ハイキング、展示会、朝市、こっこ市など、子どもからお年寄りまで楽しめる行事が盛んに開催されています。


中には二つの作品があります。一つめは、角文平さんによる《Homing》。たくさんの凧が舞う空間に大きな惑星?のような星が鎮座しています。

上総地方には、生まれた子どもの健康を願い、端午の節句に凧を贈る風習があるそうです。「空高く舞い上がる姿に子どもの未来を重ね合わせたのだろう。けれど凧が自由で力強く見えるのは、糸の先にいつでも帰って来られる安心な場所があるためだとも思う」と角さんは語ります。この地域の子どもたちの拠り所であっただろう古い木造校舎の中に惑星と凧のインスタレーションを創造し、思い出の地を目指して大小の袖凧が集まってくる姿を表現。

一貫して資本のエコシステムをテーマに作品を制作しているイ・ビョンチャンによる《クリーチャー, 2024》。とにかく巨大!消費生活で大量に廃棄され、環境汚染や生態系の破壊などを引き起こしているビニールやプラスチック素材を作品に用いてそれらを発光させ、動かし、奇妙な生き物(クリーチャー)を生み出しています。どこからか空気が送り込まれて、萎んだり膨らんだり。待ったなしの環境汚染問題をここで突きつけられます。

校舎の隣にあるのが「内田未来カフェ」。地域のボランティアのマダムがコーヒーを入れてくれました。おやつも出してくれてしばしほっこり。一度は取り壊されそうになったというこの学校ですが、地域住民が一体となって守り続け、「いちはらアート×ミックス2014」でアートを展示する場としてまた返り咲いた素敵な場所。「あなたたち取材にきたの?たくさん宣伝してね〜」と頼まれたので、ぜひ立ち寄ってお買い物やカフェを楽しんでくださいね!

地域の人々から愛される昔ながらの商店街をめぐる

さて、市原市の個人的ハイライト、上総牛久駅周辺エリアにやってきました。ここは養老川の船着場や荷揚げ場と、東京湾~太平洋の陸路との交点にできた宿場町で、道路がマスの角のように直角に曲がる宿場町特有の街道が残ります。約100年前に上総牛久駅ができてからは商業の中心地として発展してきました。近年は「アートのまちいちはら推進ビジョン」のモデル事業として、「牛久リ・デザインプロジェクト」を実施しています。

上総牛久駅から20メートル離れた場所に広がる牛久商店街には、古くから続く和菓子屋や肉屋、金物屋、蕎麦屋、寿司屋、文房具屋、呉服屋、氷屋、薬屋などが軒を連ねます。ノスタルジックな商店街好きの筆者としては、本当に地域の人々からの愛を感じる魅力的な商店街だと感じました。

豊福亮《牛久名画座》

かつてパチンコ屋として使われていた空き店舗の空間を、20世紀後半の美術史家E. H. ゴンブリッジの著書『美術の物語』に登場する世界の名画の模写で埋め尽くしたのは豊福亮さん。パチンコ屋時代の賑やかな店舗を想像しながらも、美しい絵画を前にまるで美術館にいるような優雅なひとときを過ごせます。

そのお隣にある柳建太郎さんの《KINETIC PLAY》も中に入ると素晴らしいガラスの世界が広がっています。千葉県印西市の印旛沼近くにある柳建太郎さんの工房「アトリエ炎」を牛久商店街にそのまま移転した作品とのこと。真っ暗な空間の中には柳さんご本人がいらっしゃって、ガラスを動かしながら作品解説をしてくれました。土・日・祝日はガラス細工ワークショップを開催しているとのことです。

ゴブレットやデキャンタなどの酒器を使ったクレーンやタワー、風車など、繊細かつユニークな発想でつくられた遊園地のような世界に魅了されました。本当に素晴らしい職人技。

終始ユーモラスな柳さん。

 Artdex「世界の9人の光のアーティスト (2019)」に選ばれるなど、世界のライトアートを牽引している千田泰広さんの《アナレンマ》は、ぜひ人のいない時間にじっくりと鑑賞してほしい作品です。手作業で立体的に編まれた膨大な量の糸と、光を用いたインスタレーション作品ですが、まずは心を無にして無数の光が飛び交う幻想的な空間をお楽しみください。

続いて、空洞や余白、日常的には意識されないような「間」や「境界」を、形にとどめにくい素材を用いて再構築し空間を満たすような作品を制作している大西康明さんによる《境の石 養老川》。

銅という素材を用いて表現された養老川は下から見ても上から見ても美しく、もともと店のインテリアだったであろう大きな鏡や白い鳥が舞う大きな絵画もあいまって実に幻想的な空間となっています。ぜひ階段の上からも見てみてください。

以前は何屋さんだったかわからない店舗に展示されている作品もありますが、こちらは現在も営業する「東屋精肉店」。沼田侑香さんによる《MEAT SHOP/JAPANESE SWEETS SHOP》が展示されています。

沼田さんは、忘れたくないノスタルジックな風景や時間軸が残されている牛久商店街の精肉店と和菓子屋で作品を展開しています。「デジタル社会を示唆するようなコンピューターグラフィックのイメージを現実世界に再インストールした」とは沼田さん。吊るされたグラフィカルな加工肉の向こうで店主さんが笑顔で働いている光景がなんとも微笑ましかったです。コロッケやメンチカツも絶品だそう。
※《MEAT SHOP》のみ月・火・水曜日定休

岩沢兄弟による《でんせつのやたい》は、「モノ・コト・ヒトのおもしろたのしい関係」を合言葉に、人や組織の活動の足場となる拠点づくりを手掛ける兄弟が、地域の家電販売や修理を支えてきた家電販売店「フコクデンキ」を舞台に、「でんせつのやたい」と題した屋台型の作品を展示しています。見たことがあるようでないような不思議な電気関連グッズ。ちょっと欲しくなります。

※ 火・水曜日/第1・3日曜日定休

ところで、牛久商店街を歩いていると営業中の各店舗前に写真と言葉がプリントされたのれんが目に入ります。これは市原市牛久商店街活性化事業の一環として、牛久商店会・牛久奉仕会が、千葉大学ベンチャーの株式会社ミライノラボと千葉大学生と連携し、「アート×広告」ののれとして制作されものだそうで、一つひとつ読んでいくだけでも牛久商店街愛が感じられるのでぜひ注目してくださいね。

そして、薬屋「いとう」さんの前に気になるお知らせが!最近ここにあったオレンジ象の「サトちゃん」が誘拐されてしまったそうです。早く帰ってきてくれますように。

上総牛久駅に戻り、栗真由美さんによる《ビルズクラウド》をじっくり見ると牛久商店街のさまざまなお店がプリントされたランプでした。「さっき行ったお店だ!」「このお店の前通った〜」とアートめぐりを振り返るひととき。栗さんのコメントも素敵です。

「私は駅で展示したいと希望した。駅を利用する人々をお迎えできる場所で、作品を通じて『いってらっしゃい』『いらっしゃい』『お帰りなさい』と地元住民の皆さんと同じ瞬間に立ち会えたら幸せだと思ったからだ」。

上総牛久駅にも藤本壮介さんによるトレイを発見。個室の中に木が植栽された《緑があるトイレ》、空に向かいそびえ立つ《塔のトイレ》、やわらかな黄色に包まれた《菜の花+ 切通しのトイレ》、緩やかな外階段を上がると高さ3.5mの屋上から列車が走る様子を一望できる《階段のトイレ》の5つのユニークなトイレを自由に使用できます。電車で移動される方は、待ち時間をここで過ごすのもいいですね。

上総牛久駅を出発し、市原湖畔美術館へ。途中、上総久保駅近くでも感動的な菜の花畑に出会うことができました。

鈴木ヒラク《Warp》

国境を超えてつながること、絆を結んでいくこと。市原湖畔美術館の企画展へ。

すっかり日が暮れてしまいましたが市原湖畔美術館は土・祝前日は19時まで開館しているのでセーフ。
✳︎公開時間:平日10:00~17:00、土・祝前日9:30~19:00、日・祝日9:30~18:00(会期中は火曜定休、最終入館30分前)

市原湖畔美術館は千葉県一の貯水面積を誇る高滝湖に臨む自然豊かな美術館で、現代アートを中心とした企画展や地域・子どもに開かれたワークショップなど多彩なプログラムを展開しています。ドラマやMVにも使われるユニークな建築や、隣接する「PIZZERIABOSSO」での旬の食材をふんだんに使った食事も楽しめます。

美術館内外には恒久作品も多数あります。エントランスの吹き抜けにどっしりと立ち、酸素と二酸化炭素を交換する「肺胞」をモチーフにした木の形をしたKOSUGE1-16さんによる《Heigh-Ho》は、日が暮れてからの、呼吸をするように明滅するライトアップも幻想的です。

KOSUGE1-16《Toy Soldier》

市原湖畔美術館名物といえばこちらの兵隊さん。人がいるときはピシッと立って監視をしていますが、人目を盗んでは膝を曲げて休んでしまう怠け癖があります。

エレクトロニクスを使用したガジェット的な作品の制作から活動を開始し、インスタレーションや映像などへ活動の場を広げるクワクボリョウタさんによる《Lost Windows》。地下ホールの壁面いっぱいに投影された窓枠は、光がつくりだす木立の影が角度によって大きさを変えながらゆっくりと回転を続けます。

市原湖畔美術館では現在、「内房総アートフェス」の一環として企画展「アートを通じて<わたし>と世界が交差(クロス)する」が開催されています。(〜6月23日まで)

千葉県の中央に位置する市原市は、全国・世界から移り住んだ数多くの人々を受け入れ、人口の50人にひとりが海外にルーツを持っていると言います。本展は、市原に暮らす多様な民族的バックグラウンドをもつ人々が共に生きる社会を希求するプロジェクトで、彼らの母国から招いたアーティストたちが、ワークショップやリサーチ、インタビューを通して生み出した作品が展示されています。出展作家は、ディン・Q・レ(ベトナム)、リーロイ・ニュー(フィリピン)、リュウ・イ(中国)、チョ・ウンピル(韓国)。それぞれの国の歴史・文化・風土、そしてこの地で暮らす人々の人生や思いに光を当て、鑑賞者の想像力を開花させてほしいという願いが込められています。

ベトナム人アーティスト、ディン・Q・レさんによる《絆を結ぶ》は、国境を超えてつながること、絆を結んでいくこと、世界の繋がりを感じさせる温もりに満ちた作品です。

ベトナム戦争で国を出て移民として暮らした経験を持つディン・Q・レさんは、市原に生きるベトナム人にインタビューを重ねる中で、いかに彼らが故郷の家族を思い、人と人とのつながりを大切にするかを知りました。この地で新たなつながりが生まれることへの願いを込めて、ベトナムと市原で集めた古着を、日本人とベトナム人、さまざまなルーツをもつ外国人が協働して巨大なキルトへと縫い上げ、インスタレーションとして展示しています。

✳︎本展のために市原に3月17日より1週間滞在していたディン・Q・レさんですが、ベトナム帰国後、脳卒中により4月6日にご逝去されました。ディン・Q・レさんは出展作《絆を結ぶ》の完成を、「私はアイデアを出したけれど、一切、手を動かすことはなかった。これはベトナムと市原のコミュニティによってつくりあげられた共同作品だ。私のまったく新しいチャレンジだった」と心から喜んでいたと言います。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

リュウ・イ[劉毅]《はじめまして》

市原に住む中国人のライフストーリーの聞き取りを通して、異国の地で自らの固有性を保ちながらも、居場所を求める中国人の魂の旅を、中国古来の水墨画の技法を活かしたアニメーション作品として描きだしています。

独特な青を使ったインスタレーションを中心に、映像作品などを手がけるチョ・ウンピルさんによる《私の青》。青は、朝鮮半島に住む人たちにとって特別な色だと言います。織り手と織り手の交差点をネットのように編むことで無から有を生み出す様子を示しています。ネットワークがネットを語源とするように、本作品は、作品を取り巻く環境や観客との関係を紡ぎ、さらに海を介した長きにわたる日本と朝鮮半島の交流へと思いをつないでいく。韓国と日本の平和への願いが伝わる壮観な作品です。

身に着けることができるウェアラブル・アートから大規模なインスタレーションまで、多彩な作品をつくるフィリピンの作家、リーロイ・ニューによる《多次元港としてのバレテ》。何千本ものペットボトルと竹でつくりあげたという作品は、美術館の吹き抜けスペースを支配しているかのようでした。

現在の地球規模での環境問題に警鐘を鳴らす作品でもある本作ですが、こちらもディン・Q・レ作品同様に、約4000本のペットボトルを用いて、市原に暮らす多様な人々とともに作り上げたそうです。

「多文化共生社会に向けて、世界と<わたし>がつながる契機となることを願う」。そんな企画展でしたが、さまざまな国のアーティストが一つの願いを掲げ、それぞれの表現を通してメッセージを発信する。そんなことができるのはアートだからこそ。

そして、百年後を想う芸術祭であることを考えた時、「今よりももっと世界がやさしくつながっていてほしい」。そんな想いに駆られました。争いは今この瞬間も世界各地で起こっていて、多くの命が奪われています。大切な人を想う気持ちと同じように、みんなが他者とやさしさでつながることができたら、100年後の世界は今よりも希望がある気がします。

今回、レポート記事のために二日間かけて約90作品のアート作品を駆け足でめぐりましたが、最低でも3日間は必要でした。いや5日間かも(笑)。千葉県は自然豊かで食も美味しい場所。その豊かな土地のめぐみを味わいながら、アートをゆっくり堪能することができたなら、それがベストです。作品を通じて千葉の魅力を知ることができる。そんなアートが盛りだくさんなこともあり、そこから新たな千葉を発見することもしばしば。地元の方であれば、知られざる我が街のルーツや歴史を知る機会になり、もっと千葉が好きになるかもしれません。

千葉のそれぞれの地域の営みに美を見いだした作品の数々が、たくさんの人の心に届きますように。そして、来場者のみなさんにとって、少しでも未来への希望が持てる機会となりますように。

Photo:Eri Masuda
text :Kana Yokota 

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