ストーリー

参加アーティストのインタビューや、アート・食・音楽に関する対談の様子、芸術祭のめぐり方やアート作品のご紹介など、百年後芸術祭にまつわるストーリーをお届けします。

続いていく未来に想いを寄せて。<百年後芸術祭 EN NICHI BA Special > 百宴〜epilogue〜

2024.07.05

続いていく未来に想いを寄せて。<百年後芸術祭 EN NICHI BA Special > 百宴〜epilogue〜

百年後芸術祭の最終日である5月26日(日)に、「百宴〜epilogue〜」が開催されました。このイベントは昨年11月5日に開催された「百宴〜prologue〜」に続くもの。”分かち合う”をテーマに人と人、人と自然との共生をプリミティブな食体験を通して学び、その先の続いていく未来に想いを寄せようという思いが込められたイベントです。 「百宴」の集大成となる今回は、前回を超える60名の参加者が集いました。開催場所は旧里見小学校。お天気にも恵まれたこの日、まずはKURKKU FIELDSのレストラン「perus」シェフの山名新貴さんからの挨拶と、イベントに込められた想いなどを聞きます。参加者とスタッフの気持ちを共有して1日を過ごす準備をします。 「この場所は、閉校になった学校にアート作品やカフェを併設し、感性を磨き、人々が集える新しい場所としてリジェネラティブな取り組みを実践している場です。以前より先駆けて未来に向けてアクションをしているこの場だからこそ、循環型の食体験を味わうのに相応しい一日となることを願っています。『食べる』という行為が自然環境を破壊するのではなく、今よりも豊かな自然環境を育むことに繋がるればと思っています。食べて終わるのではなく、100年後、私たち以外の誰かが生きる世界を想像しながら、未来に繋がるタネを蒔きたいと思います。100年後の未来に向けて、今日、この場に居合わせた人と、自然の恵みを分かち合い、時間と言葉を分かち合うひと時をお楽しみください」。 次に、ワークショップの説明をスタッフの佐藤剛さんにしていただきます。 「参加者の皆さんは、ふだん農業に関わることがそんなにないということを前提としてワークショップの内容を考えていますが、そんなことないよ!という方は初めての参加者に教えてあげたり、こういう風にやると気持ちいよねといったことを伝えてあげたり、一緒に作業を楽しんでください」 KURKKU FIELDSがある木更津からこの場所までは車で30分ほど。たくさんのスタッフの方が準備をしてくれていました。 まずは、ランチでいただく恵みを収穫したり、未来のための種を撒くワークショップからスタートです。 校庭にこんもりと盛られた小さな畑の前に集まります。これはドイツや東ヨーロッパで盛んにおこなわれてきた「ヒューゲル」という栽培床で、下地に枯れ木、次に枯れ草を敷いてその上に土を被せて堆肥と水持ちを兼ねさせるやり方だと言います。これと同じヒューゲルを隣にみんなで作ります。 あらかじめ切ってくれていた木の枝をせっせと運びます。小さな女の子も大きな枝を持ってやる気満々! 子どもたちも土をほり、草を撒き、にょろっと出てきたミミズや大量のダンゴムシに驚きながら畑を耕していきます。 みんなで土を掘りながら、佐藤さんが「菌ちゃん農法」について教えてくれました。 従来の有機農業は、人の健康や自然環境を守るために化学肥料などの人工的な農業資材を使わずに病害虫を回避し、生産する農法でしたが、新たな有機農業のスタイルとして「微生物(菌)の力を活用して育てる方法」が注目されていて、その方法を「菌ちゃん農法」というのだそうです。 つまり、従来は、病害虫は敵で、排除しようという概念から抜け出していません。そうではなく、病害虫にも地球上の大切な役割があると考え、病害虫は周りにいるけれど、病害虫にやられない野菜こそ、健康な野菜であると考える農法です。なるほど、やっていることは変わらないけれど、考え方は大きく違います。 「生命循環」という自然界の営みに沿って、生ごみや草木などの有機物(死んだ生物体)を土に戻し、微生物(菌ちゃん)の力を活用して育てる方法でこれにより、微生物(小動物)が爆発的に増え、微生物代謝物質を野菜が吸収してより健康になると言います。 こんもりとしたヒューゲルが完成したら、最後にに苗を植えます。ナスタチウムやディル、イタリアンパセリ、ボリジなどのハーブを植え終わるとみんなが満足気な表情!成長が楽しみです。 ヒューゲルづくりの次は、校庭の奥に移動し、野菜を収穫します。案内人はKURKKU FIELDSオーガニックファーム農場長の伊藤雅史さん。実はこちら、もともとは学校が使っていた花壇でした。スタッフのみなさんが春頃にここに種を植えて、この日のために準備していてくれたのだそう。畑には、にんじんやかぶ、紅大根などがたくさん育っていました。 「僕がこの小学校に初めてきたのは3月だったのですが、まだ土に雪が被っていました。それから種を植えて、今日のために育ててきたのですが、寒さに耐えきれず大きくならなかった大根もありました。でも大根の花は食べることができます。ぜひお花も収穫してくださいね」 ちょっと引っ張るだけでスポッと抜けるにんじん。その感覚が楽しくて子どもたちはどんどん抜いていきます。 「大根の花ってかわいい!」と、白く可憐な花も摘んでいきます。 収穫した野菜は、たらいに入れた水でキレイに洗います。泥をとると、そのままかじりたくなるくらいみずみずしくておいしそうです。 野菜を収穫したら、種だんごづくり。堆肥を入れた泥だんごに種を入れてみんなで一斉に畑に投げて次の収穫を待ち望みます。 「種だんごは水を含んでいるので、砂漠でも育つことができるんですよ」おにぎりのようにこねこねと泥だんごをつくる作業は、大人にとってはとても新鮮で、みんなで楽しく畑時間を楽しむことができました。 さて、2時間ほどのワークショップでお腹はペッコペコ。いよいよお楽しみのランチタイムです! 「百宴」だけに、100人分の食材を一度に火入れすることができる焚き火台。みんなで収穫した野菜や魚介類がたくさん。 KURKKU FIELDSで飼っている子羊と子ヤギ。ミルクの出ない雄は育てていくのが難しいこともあり、今回はそのいのちをみんなで分かち合います。 大きなバナナの木の葉っぱをテーブルクロスに彩り豊かな食材がズラリ〜!すご〜い!! 「今日は千葉県の生産者さんにたくさんなった協力していただきました。朝から校庭の土の中で丸ごと蒸した野菜もあります。ピーナッツやバナナで作った数種類のドレッシングで色々な味わいを楽しんでみてください」と山名さん。 今回のメニューはこちら。さまざまな千葉の生産者さんが食材を提供してくださいました。 〜当日メニュー〜・採れたて野菜のガーデンサラダ(KURKKU FIELDS)・地中蒸し野菜のバーニャカウダ(KURKKU FIELDS)・Bocchiのピーナッツスパイスソース(Bocchi)・寺田本家の酒粕アンチョビソース(寺田本家)・バナナハニーソース(木更津バナナファーム、ワンドロップファーム)・猪の薪火グリルと山椒オイル(KURKKU FIELDS)・真鯛の姿焼きとファーべ(平井水産、エコファーム浅野)・Lankaの全粒粉パン(KURKKU FIELDS)・真蛸のグリルとマッシュポテト(漁師工房拓)・小川さんのキャロットケーキ(KURKKU FIELDS)・仔羊の丸焼き(KURKKU FIELDS)・仔山羊の丸焼き(KURKKU FIELDS) 全部食べたいので、少しずつ竹のお皿に盛り付けます。自分達で収穫したにんじんやかぶはとっても甘く、ピーナッツのスパイスソースやバナナハニーソースはお肉にもとっても相性が良くて満たされました。Lankaの全粒粉のパンもしっかりとした食べ応えで、どんどん食が進みます。何より、一緒に畑を耕したり、収穫したみんなで食事をするのがとても楽しい。「今日はどこからきたんですか?」「芸術祭はどのあたりをめぐりましたか?」なんて会話も弾みます。 夏みかんとハチミツのドリンクも甘酸っぱくて最高の味わいでした。 デザートは絶品のキャロットケーキを二つも食べて、お腹いっぱい! イベントは食事が終わったら終わり、ではありません。最後には竹の器やコップ、食べ残しの生ごみなどをすべて燃やして畑に還すという作業もみんなで行いました。燃え盛る火を眺めながら、畑を耕し種を蒔き、育った野菜を収穫し、みんなでおいしくいただいたことにすごく充実感で満たされたことを実感。 「今日は、当初目標にしていた100人とはいかなかったですが、約60人の参加者の皆さんと一緒に、農場から食卓へ至るまでのプロセスを体感していただきました。料理は原始的な調理法だけでなく、バナナの葉のお皿や竹の器、クロモジの箸置きや柑橘をくり抜いたコップ、と食事で使用する食器はナチュラルなもので統一し、最後には燃やして畑に還すというところまで体験していただきました。食べるだけで終わらない、終わらせないことがその先の未来に向けて重要なアクションであると改めて感じていますし、感じていただけたかと思います。今日はみなさんといい時間を分かち合えて嬉しかったですと山名シェフ。 ふだん、私たちが使っているすべてのモノはほとんど土に還らないものばかりですが、自然界のものを工夫して使うことで、こうして循環させることができる。シンプルだけど、これって日常に活かすことはすごく難しい。しかしながら、世界中の人々が、日々の営みの中で少しでも循環を意識して生活することができたなら、百年後の地球は今思い描くよりも暮らし良い場所になっているかもしれません。 「たとえ世界の終末が明日であっても私はリンゴの樹を植える」と明言を残したのはドイツの神学者マルチン・ルターですが、百年後の未来を考えたとき、地球から緑がなくならないように、花や作物がんばくならないように、一粒でも多くの種を植えたいなと感じました。 百年後芸術祭のクロージングイベントとなった「百宴」は、参加することで、身体を動かすことで、食べることで、百年後の未来を考えることができる素晴らしいイベントでした。なにより、百年後も、その時代に生きている人が、大切な家族や友人と笑顔でおいしい食事を囲むことができていたらと願ってやみません。 Text:Kana Yokota

チバニアンの地層に刻まれた声に耳を傾けるー。ニブロール「風か水やがらんとした空か」パフォーマンスレポート

内房総アートフェス

2024.07.01

チバニアンの地層に刻まれた声に耳を傾けるー。ニブロール「風か水やがらんとした空か」パフォーマンスレポート

百年後芸術祭のイベントとして、5月18日(土)、19日(日)の二日間、世界的に注目を集める国の天然記念物「養老川流域田淵の地磁気逆転地層」を背景に開催されたニブロールによるパフォーマンス。 この場所は「チバニアン」と呼ばれ、千葉県市原市の観光スポットとしても人気の場所ですが、この二日間は鑑賞者のための特別な空間となりました。 ニブロールは、1997年に振付家の矢内原美邦、 映像作家の高橋啓祐、音楽家のスカンク/SKANKを中心として結成されたパフォーミング・カンパニーです。彼らは舞台のみならず、美術館でのパフォーマンスやビジュアル作品の発表などを行い、身体表現の可能性を追求する唯一無二の集団です。 日常の身ぶりをモチーフに現代の空虚さや危うさをドライに提示するその独特の振付けは国内外での評価も高く、そんなニブロールのパフォーマンスがこの百年後芸術祭でも体感できるとあって、たくさんのファンが駆けつけました。 入り口にはチバニアンビジターセンターがあり、チバニアンのことや地磁気逆転のこと、化石のこと、地層の研究の歴史などについてパネルや展示で紹介されています。ガイドスタッフが常駐されているので、地層見学前に立ち寄るのがおすすめです。 20名ほどの参加者とここからゆっくりくだっていきます。 道を進んでいくと、パフォーマーが土の上に並べた服が目に入ります。誰の服なのか。なぜここに置かれたのか。入り口で渡されたパンフレットには「黒い丘から死者を見送る。」という言葉から続く一編が書かれていて、きっとこれは大切な誰かが生前に来ていた服であろうということ理解します。 林の中をどんどん進んでいくと、木々の間に、少しだけ開けた空間が現れます。どうやら最初のステージはこの場所のようです。白い衣装を身に纏った、矢内原さんを含む3人のパフォーマーが、高い木々から漏れる光を浴びてゆっくりと踊ります。踊り、と言うよりは、能の舞のようなゆったりとした動きです。 それぞれ草木のオブジェ、軍人や恐竜が散りばめられた白と黒のオブジェを背負い、ゆっくりと静かに、自然と光とともに時間を過ごします。時折観客が「チリーン」鳴らす金の音だけが林の中に響き渡り、実に静謐なひととき。 15分ほど彼らの舞に見惚れていると、3人はそっと背負っていたオブジェを置いて川へとくだっていきます。 この作品は、二年前の大地の芸術祭で上演された宮沢賢治の『ガドルフの百合」をモチーフにした『距離のない旅』に続くもので、タイトルの『風か水やがらんとした空か』もまた、『銀河鉄道の夜』のプリオシン海岸のシーンでの大學士の言葉からとったそうです。 ここ数年で大切な人をたくさん亡くしたという矢内原さんが、深い悲しみに暮れる日々の中、幼い頃から好きだった宮沢賢治の作品を読み返し、そこから着想したシリーズとのことです。 「そこにいくつかの体や、感覚や、その影を見ました。そして、その中から失いたくない記憶を紡いで三部作を作ろうと思い立ちました」。(矢内原美邦) 5月のチバニアンは、少し日差しは強いけれど、渓谷ならではのひんやりとした空気もあいまって、風が吹き、とても心地よい場所だったことが印象的です。 川に入った3人の男性が、ホルンやトランペットを奏でます。 川の流れる音、太陽の光に美しく煌めく水面、雄大な景色に浸りながらも、パフォーマーの動きから目が離せません。ゆったりとした動きから、次第に激しく、水飛沫を飛ばしながら全身で踊ります。 3人が引っ張り合い、抱き合い、もがきながら、表現しようとしているものはなんなのか。なにかものすごくつらいことや悲しみから逃れたいのか、救われたいのか、なぜ人はずっと穏やかでいられないのか。大自然の中では人間の悲喜交々なんてとても小さく見えて、この瞬間も遠くの国で命を奪い合っている人間たちがいることがとても愚かに感じられます。地球や自然は何も変わらないのに。大切な人をたくさん亡くした矢内原さんの悲しみや自分自身の中に積もった悲しみの数々がどんどんと溢れ出てきて、涙が頬を流れます。 でも、それでも人は生きていく。今、この瞬間にしかないこの川の流れとともに。 芸術祭の終盤に、なにやらものすごいものを見せてもらった、という感覚となった今回のパフォーマンス。「100年後を想う」というテーマの芸術祭だけれど、そのテーマについて、千葉の奥深く、風と水と光と空を全身で感じられるこの場所で体感できたことの感動が何度も押し寄せました。 そして、パンフレットに書かれた矢内原さんのコメントを読んで、さらにこのパフォーマンスを鑑賞できたことの喜びを噛み締めます。 「チバニアン」で世界的に注目を集める国の天然記念物「養老川流域田淵の地磁気逆転地層」を背景に行う、ダンスというよりは「経験」という表現がしっくりくるパフォーマンス。ここで起こった事象について、心象やその時間について、遙かなるときを超えて空想する。約77万年前の地磁気逆転の地層に刻まれた声に耳を傾け、そこに降り積もった記録を経験し、いまここにいる私たちについて考える。 いまここにいること、生きていること。自分はちゃんと存在している。その感覚をずっと感じられるような日々を過ごしたい。 三作品目も楽しみです。 振付:矢内原美邦 美術:高橋啓祐 音楽:スカンク/SKANK Text:Kana Yokota

おにぎりをもっと美味しくいただくために。EAT&ART TARO「おにぎりのための運動会」レポート

内房総アートフェス

2024.06.21

おにぎりをもっと美味しくいただくために。EAT&ART TARO「おにぎりのための運動会」レポート

おにぎりをひときわおいしく食べることを目的とした運動会。「おにぎりのための運動会」。全3回の予定でしたが、あいにくの雨で1回は中止に。最終日の5月18日は眩しいほどの快晴で、まさに運動会日和!当日の様子をレポートします。 そもそもこの運動会は、アーティストであるEAT&ART TAROさんが「美味しいおにぎりを食べたいのだが、お米の炊き方や握り方にこだわるのではなくて、どうしようもなく美味しくなってしまうおにぎりにするために、食べるためには運動会をしなくてはいけない。飲食店とは違うアプローチで食べ物を美味しくしていく」という想いから生まれた作品。「いちはらアート×ミックス2014」で開催されて以来、さまざまな場所で白熱の運動会が受け継がれてきています。 スタートは10時。まずは事務局とEAT&ART TAROさんの挨拶から。運動会の目的や意図などを共有し、ますます士気が高まります。 参加者は受付でもらったゼッケンとはちまきをつけて紅白2組に分かれます。挨拶の後はみんなでラジオ体操! 「おにぎりのための運動会」と書かれたゼッケンを身につけたキッズたちがなんとも可愛い。 1種目目は玉入れです。なんと玉入れかごを紅白それぞれの代表が背負って逃げるというスタイル。足が速い人が背負うと本当にボールを入れるのが難しくて白熱します。 大人も子どもも関係なく。逃げるかごをひたすら追いかけます。ちょっとは手加減してよ〜と思うくらい本気度がすごい。そういえば玉入れなんて30年以上ぶりかも、、と懐かしくなりながら、ぜいは〜言いながら追いかけっこを楽しみます。 「ボール入れられたよ〜」と喜ぶキッズ。 何個ボールを入れられたか、一つずつ数えます。初回は赤が勝ちましたが、数回戦するとそれぞれ疲れが出てきたのか、良い勝負になってきました。 闘いに疲れた子どもたちは背後の遊具で遊ぶこともでき、会場は終始和やかな雰囲気です。アート作品を観にきたお客さんも「何をやっているんだろう?」と不思議な面持ちでこちらを観ていましたが、みんなが必死で駆け回っている姿を微笑ましく見守ってくれていました。 続いては、綱引きです。きっとこちらも30年ぶり。太い縄を持ち、みんなで「オーエス!オーエス!!」。ところで余談ですが、この「オーエス」という言葉の起源は、「水夫さんたちが帆を上げるときの掛け声」と言うのは有名ですが、実は「オー・イス(Oh, hisse)」というフランス語なのだそう。日本語で言うと「さあ、引っ張れ!」みたいな意味になるそう。 日本で綱引きが運動会の種目として行われるようになったのは明治初期で、イギリス人の指導によるものでしたが、当時は外国人との交流も行われ、一緒に運動会を楽しんだようです。外国人により伝えられた運動会の中で、チームの呼吸を合わせるための掛声が日本人に「オーエス」と聞こえた事から、綱引きの掛声として定着したというちょっとした小話も知っておくとより楽しめます。 この人数で綱引きをやると、結構力が入り合うのでそうぞう以上に大変。みんなで呼吸を合わせることの大切さを学びます。 今のところは紅組が優勢!お子さんと一緒に楽しむママたちも「日頃の運動不足解消になってサイコ〜!運動会って楽しい!」と盛り上がっていました。 最後はお待ちかねの大玉転がしならぬ、「おにぎり転がし」です。大きな大きなおにぎりが会場に登場し、会場の盛り上がりはマックスに。お父さんとお母さんが協力しておにぎりが変な方向に行ってしまわないように舵を切りつつ、子どもたちが一生懸命転がすというまさにチーム戦。リレー形式なので、追い抜かれたり、追い越したり、おにぎりを転がしながら熱いドラマが繰り広げられました。三角おにぎりは丸い球より転がすのが難しいということも学びでした。 3種目を無事に終えて、閉会式です。得点発表の結果は164対156!!8点差で紅組の勝ちです!とってもいい勝負。紅白、どちらもよく頑張りました! 優勝した紅組にはおにぎりがてっぺんに鎮座するトロフィーが贈られます。お父さんに抱き抱えられてトロフィーを手にした男の子、とても誇らしげでした。 そして!お待ちかねのおにぎりタイムです〜。ボランティアの方々がつくってくれたお弁当をありがたくいただきます。 中にはおにぎりだけではなく、唐揚げ、卵焼き、そして美味しい漬物も。心を込めて握ってくれたおにぎりは本当においしくて、何より2時間身体をめいっぱい動かして運動した後のおにぎりだから、それはもう格別なんですよね。 振り返ると、学生時代以来の運動会でした。敵と闘うと言うよりは、みんなで身体を動かして、健康的な時間を過ごすことこそが運動会の意義なんだなあ〜なんて考えながらモリモリいただきます。 みんなで記念撮影もパチリ!お疲れ様でした! text:Kana Yokota

色々なものが色々な役割をもって重なり合う。そこは日常の中の小さな宇宙ー。通底縁劇・通底音劇「茶の間ユニバース」レポート

内房総アートフェス

2024.05.28

色々なものが色々な役割をもって重なり合う。そこは日常の中の小さな宇宙ー。通底縁劇・通底音劇「茶の間ユニバース」レポート

市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市で開催中の「千葉県誕生 150 周年記念事業 百年後芸術祭~環境と欲望~内房総アートフェス」。音楽を主とする「LIVE ART」として、“通底縁劇・通底音劇”と題した小林武史さんプロデュースによるスペシャルライブ。5月12日(日)には、袖ケ浦市民会館で、荻野目洋子さん、MOROHAをフィーチャーした「茶の間ユニバース」が開催されました。 袖ケ浦市民会館はコンサートや成人式などを開催する大ホールに加えて、会議室や調理室などを備えた袖ケ浦市民が折に触れて集う場所。袖ケ浦市営野球場などが隣接されている開放的な広場で「EN NICHI BA(エンニチバ)」も開催されました。ツクヨミコーヒーのオーガニックコーヒーを飲んで、はやる気持ちを落ち着かせます。 今回のLIVEのタイトルにもある通り、実際にステージ上には「茶の間」が設置されていました。スクリーンにはテレビのある茶の間の風景が映し出され、そのテレビにカメラがズームされるとテレビの中にもまた茶の間が広がり、またテレビの中にーといったタイムトリップ感のある演出により、会場の世界観に観客を引き込みます。 オープニングは昭和のおふくろさんのような衣装に身を包んだダンサーのアオイヤマダさんが登場します。茶の間でお茶を入れながら、落花生をつまんでいる姿が可愛い。ダンサーであり、女優であり、アーティストとして国内外で活躍されているアオイさんですが、彼女はそこに存在するだけで圧倒的な魅力を放つから不思議です。このステージでは彼女の存在によって、登場するさまざまなアーティストが繋がっていきます。 その後、襖を開けて登場したのはラップグループのMOROHA。「恩学」や「革命」など、全4曲を披露しました。アコースティックギター一本の音色とラップで繰り広げられる2人の圧巻のパフォーマンスで会場を熱気に包みます。 その後、キラキラの衣装を纏った荻野目洋子さんが登場。ヤマグチヒロコさんと加藤哉⼦さんによるユニット、落花生ズとともに「恋のフーガ」を披露しました。荻野目さんは千葉県佐倉市出身ということもあり、今回の百年後芸術祭「LIVE ART」に参加してくれたそうです。 80年代の実力派アイドルとして活躍された荻野目さんですが、令和の今でもキレキレのダンスで「ダンシングヒーロー」を歌い上げ、観客もノリノリ! 4曲目「Daydream Believer」の歌唱前には、選曲について小林武史さんが話されました。 「次の曲は、荻野目洋子さんが提案してくださいました。様々なことが起こっている今の時代で、『平和ってなんだろう』と振り返ったり、先のことを考えた際に、この曲を選んでくださったのではないかと思っています。自分自身も、80年代にザ・モンキーズのデイビー・ジョーンズと一緒に演奏をして以来初めて人前で披露をするので、いろいろな思い出が蘇って感慨深いですし、不思議なご縁だと感じています。『日常の大切さ』みたいなものを皆さんにお伝えしたいです」 荻野目洋子さんは「母親になった今、歌うことの意味が大きくなってきています。意味のある、そして時代の流れと共にその時に求められている曲を歌うことが、これから先の自分の役割の一つなのではないかと思い、この曲を選びました」と話されました。 アラフォーの筆者にとって「Daydream Believer」は忌野清志郎さんがカバーされていた日本語の歌詞のイメージが思い出深いですが、「もう今は 彼女はどこにもいない」そんな歌い出しから、「ずっと夢を見て 安心してた」というストーリーに、幼心に切ない気持ちになったことを思い出します。今あるこの幸せはずっと続くわけではないかもしれない、後悔しないように、今この瞬間に大事な人を大切にしよう。そんなことを感じさせてくれる名曲です。荻野目さんにとっても特別な曲であることが伝わってくる、優しい時間でした。 そして、最後の曲「東京ブギウギ」を落花生ズとともに歌唱を始めると、突然スクリーン越しに「ちょっと待った!」の文言とセリフが割り込む演出が(笑)。 ヤンクロックバンド「氣志團」の綾小路 翔さんの登場です。綾小路さんは「私の生まれ育った南房総にこんな素敵なアーティストの方がいらっしゃることはこれまでなかったので、本気で感激しています。地元を代表して厚くお礼申し上げます。」と挨拶をし、その後自虐も交えながら地元愛を熱弁。 「『東京ブギウギ』ならぬ『房総ブギウギ』!!」との曲振りから「房総ブギウギ」の歌唱が始まると、アオイヤマダさんが会場を駆け巡り、観客に野菜を配るパフォーマンスで会場の盛り上がりはピークに。その後、綾小路さんは「喧嘩上等」を含む全3曲を披露し、会場を笑いと熱気で包んだところで会場を去りました。 熱気が残る会場にしばしの静けさが戻り、舞台にもう一度MOROHAが戻ってきました。音楽雑誌のインタビューで“通底縁劇・通底音劇”について小林武史さんが語っていた時の言葉を思い返します。「『日常」と真摯に向き合い表現をしているアーティストとして、まず思い浮かんだのがMOROHA。凛としたギター1本で演奏していく感じが、「茶の間ユニバース」を象徴する存在のような気がしたんです」。心の奥から沸き起こる想いやメッセージを、極限までのエネルギーを使って歌い上げるその姿に、歌声に、完全にノックアウトされたエンディングでした。 2時間半近くの熱いステージに放心状態になったところで出演者全員がステージに登場。オリジナルソング「通底(ツーツーテーテー)」を歌唱しました。 そして、「みなさんも一緒に踊りましょう!」というアオイヤマダさんの声かけで観客も立ち上がり、一緒に「ツーツーテーテー」の掛け声に合わせてダンスを踊り、会場はまさに渾然一体に。盆踊りをみんなで踊る時の楽しさというか、大人も子どもも年配のお客さんも、みんなで一緒に「ツーツーテーテー」を踊る姿は側から見ればきっとシュールなのですが、このホールのみんなが一つになった瞬間でした。 小林武史さんがこんな言葉で締めくくりました。 「これまで百年後芸術祭でのライブを3回行ってきましたが、今日が本当の意味での『通底』でした。これまでなかった繋がりを一番作れたライブでした」。深く共感。 音楽のジャンルもスタイルもバラバラなアーティストが茶の間ステージに集まって、『房総ブギウギ』を歌ったり、「通底」ダンスを踊ったり。それは、千葉で開催された百年後芸術祭だからこそのキャスティングであり、まさに唯一無二のステージと言える一夜だったと思います。 千葉って、楽しい。 Photo :Takao IwasawaText:Kana Yokota

「音楽を通じて誰かのために寄り添えたら」。“通底縁劇・通底音劇”「super folklore」LIVEレポート

内房総アートフェス

2024.05.28

「音楽を通じて誰かのために寄り添えたら」。“通底縁劇・通底音劇”「super folklore」LIVEレポート

KURKKU FIELDSを舞台に、櫻井和寿、スガ シカオ、Butterfly Studio、小林武史らが披露する圧巻の「LIVE ART」 市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市で開催中の「千葉県誕生 150 周年記念事業 百年後芸術祭~環境と欲望~内房総アートフェス」。音楽を主とする「LIVE ART」として、“通底縁劇・通底音劇”と題した小林武史さんプロデュースによるスペシャルライブ「super folklore(スーパーフォークロア)」が4月21日(土)、22日(日)の二日間開催されました。 場所は、今回の芸術祭のメイン会場でもある木更津のKURKKU FIELDS。取材した初日、21日の天気は快晴。ライブは夕方からでしたが、昼間から駐車場を開放して「EN NICHI BA(エンニチバ)」が開催されていたため、たくさんの人で賑わいました。 晴れ渡る空の下、風にそよぐ新緑が美しいKURKKU FIELDSに訪れた参加者は4000人強。ステージのある場所はクリエイティブパークと呼ばれる芝生広場。周りには小川が流れ、オーガニックファームがあり、花々が咲くエディブルガーデンの向こうには牛舎やヤギ小屋がある、のどかなエリアです。 オープニングでは前面の巨大スクリーンを使用して “通底縁劇・通底音劇”の世界観を表現した映像が流されました。 最初に登場したのはスガシカオさん。一曲目の「あなたへの手紙」歌唱前に百年後芸術祭「LIVE ART」のテーマ“通底縁劇・通底音劇”について触れ、「自分の持つ力や勇気を自分のためではなく、誰かのために使うと逆に自分が救われると感じています。今回のイベントのテーマと同じように、音楽を通じて誰かとつながっていけたら良いと思います」と語りました。 「夜空のムコウ」や「黄金の月」、「Progress」といった名曲、新曲を含む全7曲を披露し、会場を魅了しました。ラストソング、『私たちの望むものは』は、フォークの神様と言われる岡林信康さんのカバー。 "私たちの望むものは 生きる苦しみではなく私たちの望むものは 生きる喜びなのだ私たちの望むものは 社会のための私ではなく私たちの望むものは 私たちのための社会なのだ” ちょうど日が落ち、千葉の空がピンク色に染まる頃、百年後を想うこの芸術祭で、この歌詞がぐっと染み渡るのを感じました。私たちが百年後にのぞむものはー? 続いては、Butterfly Studioの2人のダンサーによるダイナミックなパフォーマンス。King Gnuや大橋トリオなど様々なアーティストのMV出演や振付を担当しながら俳優としても活躍しているダンサーの高村月さんによるダンスパフォーマンスは、縦横無尽に舞台を使い、音楽に合わせてエモーショナルな表現で観客を魅了します。そして、美しくしなやかなポールスタイルと繊細でダイナミックな表現力に定評のある日本屈指のポールダンサーであるKUMIさんは、まるで天女のような黄金の衣を纏いステージを舞います。神秘的な空気に包まれました。 ゲストボーカルのHana Hopeさんによる「Christ ist erstanden」は、岩井俊二さん監督の映画「キリエのうた」のオリジナルサウンドトラック。美しいウィスパーボイスが会場全体に響き渡り、個人的に映画観賞後の感動が蘇ります。 そして、櫻井和寿さんが登場。Hana Hopeさんとともに歌いあげる「to U」のイントロで観客から歓声が上がります。この曲は、音楽プロデューサーである小林武史さんと櫻井和寿さんが中心となって活動しているバンド・Bank Bandの最初のオリジナル曲であり、「ap bank fes」のコンセプトソング。百年後芸術祭という場で改めて聴くと感じ入ります。 櫻井さんはその後も「LOVEはじめました」「365日」「Drawing」など、Mr.Childrenの名曲も含め次々と披露してくれました。「365日」では前奏部分を櫻井さんがサックスを奏でる一幕も。「人前でサックスを演奏するのは今回が初めてなんです。今日は寒いからピッチが下がっちゃって」と苦笑する姿に会場はほっこり。 「かぞえうた」歌唱前は、小林武史さんが「“通底縁劇・通底音劇”のテーマに合わせてリクエストした歌です」と選曲への想いについて語りました。この楽曲は、東日本大震災をきっかけにつくられたもの。「僕は震災の際、被災地に駆けつけることができませんでした。そんな自分の情けなさ、弱さ、かっこ悪さがどうしようもなく悔しくて、どうにか自分を許す手立てがないかと思っていました。被災された方に思いが届くように、この曲を書きました。この歌がどんなに小さなことでも、誰かの悲しみに何らかの形で寄り添えれば」と当時の想いを語りました。 気がつくとすっかり日が暮れて、夜空ではドローンショーがスタート。1000台のドローンが星のように光り、その光りが少しずつ円になり、繋がっていきます。 「昨今、ドローンは戦争兵器にも使われているけれど、このように、アートだったり、音楽と共存させる演出だったり、使う側の発想次第で芸術作品として人々の心を打つものにもなるということを伝えたかった」。そんな小林さんのメッセージを聞きながら、まるで夜空をキャンバスのように縦横無尽に飛行しながら絵を描いていくドローンたちを見上げていると、なんだか愛おしくも思えます。 昨年、「en Live Art Performance」としてもドローンの演出はあったのですが、櫻井さんの歌声やMr.Children、Bank Bandの楽曲と融合することでまた新たなライブ空間が生まれていて、この素晴らしい感動体験ができたことの幸福をかみしめるばかりでした。 その後も、Bank Band「歓喜の歌」、Mr.Children「風と星とメビウスの輪」、「HANABI」が続きます。たくさんの胸を打つ楽曲を聞きながら、その時間、確かに観客すべての人とつながっているような感覚を覚えました。「つながるはずのないものがつながる、つながっている」。この「LIVE ART」の冠でもある“通底縁劇・通底音劇”に込められたテーマが自分の中ですっと溶け込んだような感覚です。アートや音楽を通して、人はつながることができる。そんなことを感じられたこの百年後芸術祭。たんなる音楽フェスとは違い、参加した人たち一人一人に気づきを与えてくれたり、想像力を高めてくれるようなライブでした。 「誰にでも、誰にも代われない大事な人がいる」。そんなメッセージが込められたラストソング「こだま、ことだま」を聴きながら、百年後に自分は生きていないけれど、いまここにいる大切な家族や友人と笑顔で過ごすこと、ささやかな日々を大切にしていこうと心に誓いました。 胸がいっぱいでしたが、ライブ後に「EN NICHI BA」で食べた肉巻きおにぎりも、絶品でした。 Photo :Takao IwasawaText:Kana Yokota

子どもたちが楽しむ声が聞こえて、それを大人たちが笑顔で見守っていてくれるような風景を100年後にも袖ケ浦市に残していきたい。

袖ケ浦市

2024.05.15

子どもたちが楽しむ声が聞こえて、それを大人たちが笑顔で見守っていてくれるような風景を100年後にも袖ケ浦市に残していきたい。

袖ケ浦市長 粕谷智浩 ---------まずは袖ケ浦という街の特徴を教えてください。 もともとは農業と漁業が市民生活の中心でしたが、今から50年ほど前に臨海部を埋め立てて工場地帯を造ったことで人口が増え、コンパクトながらも豊かな自然と産業が共存するという現在の街の基礎ができました。さらにアクアラインの開通によって交通の利便性が飛躍的に高まったことも大きな変化でした。市内のどこに住んでいても自動車で5分~30分も走ればアクアラインに乗れますし、羽田空港までは25kmほどの距離ですので、日本の大半の場所に3時間ほどで行けることになります。千葉のもうひとつの玄関口としての役割を担うようになると、他地域から袖ケ浦に移り住む人も増え、2005年以降はずっと人口が微増し続けている状態です。 観光地としては、東京ドイツ村や袖ケ浦フォレストレースウェイというサーキット場、複数のゴルフ場があり、アクセスの良さを活かして首都圏からの日帰り客も多くいます。また、アクアラインのすぐ近くということもあり、今回百年後芸術祭を連携開催する市原市、木更津市、君津市、富津市の人々が行き交う街でもあります。 一年を通して四季折々の花が鑑賞できる「東京ドイツ村」 ---------袖ケ浦市が百年後芸術祭に参加したきっかけを教えてください。 2023年度が千葉県誕生150周年という節目を迎えることもあり、各市との間で共に手を携えて事業をやりましょうという話が出ていたことが発端です。 5市を舞台にした芸術祭というのはとても大きな話ですが、その中で私たちの地域の魅力をどう活かしていくかということはすぐにイメージができました。例えば、桜の名所と言われる袖ケ浦公園のすぐ近くの田んぼには、インドネシアの芸術家であるダダン・クリスタントさんの作品が展示されます。そこは桜が咲くと鮮やかなピンクに囲まれ、新緑の季節には緑が美しく、田んぼの稲穂が育っていくと黄金色が広がります。そうやって季節が移り変わる度に異なる風景を楽しめる場所でもあるため、袖ケ浦が持つ豊かな自然と非常にマッチした展示になるだろうと楽しみにしています。 また、市内でアーティストの方にワークショップを開催していただき、小さなお子さんをはじめとした多くの方にアートに触れてもらう機会も作っています。 100年後というと私などはもう生きていないでしょうが(笑)、小さな子どもたちはもしかしたら100年後も生きているかもしれませんよね。その時に彼らの中に「自分たちが幼い頃、袖ケ浦でこんなことがあったね」という記憶が少しでも残っていたら嬉しいですし、そんな未来に思いを馳せて取り組めるのはいいことだと感じています。 袖ケ浦市農畜産物直売所「ゆりの里」付近農道で鑑賞できるダダン・クリスタント《カクラ・クルクル・イン・チバ》 袖ケ浦公園内で鑑賞できる東弘一郎《未来井戸》 旧進藤家住宅(袖ケ浦公園内)で鑑賞できる大貫仁美《たぐり、よせる、よすが、かけら》 ---------市民や他地域から来られる方に、百年後芸術祭をどのように楽しんでもらいたいとお考えですか。 今回は広域で開催する芸術祭ですので、袖ケ浦市だけでなく各市に訪れていただきながら楽しんでもらいたいと思います。1日では周りきれないと思いますから何回かに分けて来ていただきたいですし、季節の移り変わりに合わせて作品の見え方も変わってくるはずなので、気に入った作品が見つかったら時間を置いて再訪すると新しい発見もあると思います。 また、現在袖ケ浦で暮らしている方々は意外と近隣市を訪れる機会が少ないんですよね。そこで、この芸術祭をきっかけに他の地域を見てもらい、その場所の魅力を見つけていただきたいです。その発見は自分たちの地元を見直すきっかけにもなるはずですから。 ---------袖ケ浦の特徴として自然と近代性の融合を挙げていただきましたが、その他にはどのような魅力を持った地域なのでしょうか。 食の面では、春から初夏にかけて農作物がよく採れます。体験農園もあり、イチゴや様々なフルーツを楽しむことができます。野菜も旬のものが安く手に入るので、都内からわざわざ買いに来る方もいます。また、袖ケ浦は酪農が盛んな地域ですので、牛乳を活かした料理があるのも特徴で、ホワイトガウラーメンという牛乳をスープに用いたラーメンが人気グルメになっています。 大衆中華ホサナの「元祖 ホワイトガウラーメン 」 観光的な観点からは離れますが、教育にも力を入れていて、都心ではできないような学びの機会を子どもたちに設けています。代表的なものが毎年夏休みに開催する「そでがうらわんぱくクエスト」です。市内の小中学生を対象とした企画で、今年度は君津市・木更津市・袖ケ浦市の3市を舞台に、2泊3日をかけて歩いてゴールを目指します。自然の中で遊びながら進み、夜は民家の軒先などを借りて野外泊をするという人気イベントで、毎年多くの子どもたちに応募いただく人気の体験型学習です。 市としては図書館教育にも力を入れていて、2023年には「図書館を使った調べる学習コンクール(主催:公益財団法人図書館振興財団)」で袖ケ浦市の小学6年生が文部科学大臣賞を受賞しています。 また、地元企業のご協力をいただいて子どもたちに職業体験も提供しています。2023年には百年後芸術祭の連携事業として、袖ケ浦フォレストレースウェイをお借りして自動車に関わる仕事や、銀行員、助産師、大工といった様々な仕事を体験できるイベントを開催しました。その他にも、研究者の方が多くいる臨海部の企業にご協力いただき、科学実験を教えてもらう機会なども設けています。 都心へのアクセスの良さ、自然の豊かさ、そして教育へも力を入れていますので、袖ケ浦市はとても子育てがしやすい街だと胸を張って言うことができます。 ---------100年後の袖ケ浦市はどのような街になっていてもらいたいとお考えでしょうか。 街自体の発展はもちろんですが、何よりもその街にいる人たちが幸せに暮らせる地域になっていて欲しいですよね。子どもたちが楽しむ声が聞こえて、それを大人たちが笑顔で見守っていてくれるような風景を100年後にも残していきたいと思います。 現時点では、袖ケ浦駅周辺の整備が進み、駅周辺には新しい住宅地が広がり、多くの方に住んでいただいています。今後は住宅以外の開発も進めて街を広げていきたいですし、それは私自身の夢でもあります。もちろんそのためには地域の皆さんと同じ方向を向き、意識や将来のイメージを共有していかなければなりませんから、しっかりと時間をかけてコミュニケーションを取り、ともに歩んでいきたいと考えています。 より長期的な観点での取り組みとしては、しっかりとした都市機能の構築や、自然を維持していくことが挙げられます。都市化ばかりを進めて自然を蔑ろにしてしまうと元に戻すことは非常に大変ですし、反対に人の生活環境を整えることも疎かにしてはいけません。どうやってそのバランスを取っていくかが大事ですし、そこを誤ると街のバランスも崩れてしまいます。現在のこの街の姿は50年前、100年前に目指してきたものだと思いますし、今の時代を生きる私たちも50年後や100年後を見据えながら行動に移すことが重要です。そう考えると、百年後芸術祭を通じて未来を考えるきっかけを得られたことは非常によかったと感じています。 ---------最後に、「百年後芸術祭」への期待をお聞かせください。 この数年の間はコロナ禍の影響で多くの人が内向きな状態になっていましたし、行政の立場から外出や経済活動の自粛をお願いすることもありました。そうした中で徐々に人々が動き始める流れがつくられ、そして百年後芸術祭が開催されることとなりました。ようやく地域の方々に明るい話題をお届けできるようになってきたので、この百年後芸術祭をひとつのきっかけにして、外に出て自然に触れ、そしてアートを見ていただきたいと思っています。 Photo:Eri MasudaInterview :Kana Yokota  text :Tomoya Kuga

木を植えることは利他そのもの。イオン環境財団が、今そして百年後の「平和」を願い、市民とともにおこなう環境への取り組み

山武市

2024.05.13

木を植えることは利他そのもの。イオン環境財団が、今そして百年後の「平和」を願い、市民とともにおこなう環境への取り組み

左から、公益財団法人イオン環境財団山本さん・降旗さん ーーー公益財団法人イオン環境財団はどうして創設されたのでしょう? 山本:イオン環境財団はイオン創業者であり、現イオン株式会社名誉会長相談役でもある岡田卓也によって1990年に創設されました。岡田は1925年生まれ。今年(2024年)で99歳になります。戦争や、故郷の三重県四日市市で四日市ぜんそくがおこった時代を生き、身近に人のいのちや自然が失われていく経験をしています。そのなかで「平和」を大切にし、平和を守るために、人や動植物、自然は共存共栄していかなければならないという思いを抱きました。 実際のところ、もし終戦がなかったら、今のイオンはなく、私たちもこうしていないだろうと私自身も想像する時があります。「戦争」というのは、最大の環境破壊で、人のいのちも自然も一瞬で壊してしまう。だからこそ、平和という大切なことをどうやったら守れるのか、人と自然が共存共栄するために社員の一人ひとりが出来ることがないかを社内でもよく話しています。また、当財団は日本で初めて地球環境をテーマにした企業単独の財団法人として設立されており、日本を代表する想いで取り組んでいます。財団が株式会社とは別に存在しているのも、営業数値に影響されずに社会貢献活動を続けるための覚悟のあらわれなのです。 イオンの誕生秘話をまとめた絵本。『町が生まれ 森が広がるー岡田卓也のものがたりー』(令和元年発行)四日市市や千葉市では全小学校に配布されている ーーーミッションと活動内容を教えてください。 山本:「平和の追求・人間尊重・地域社会への貢献」を基本理念に、同じ志を持つ団体への助成や個人への顕彰等をおこなったり、植樹や環境教育活動に取り組んだりしています。たとえば、助成事業では、生物多様性や里山環境の保全に、実際に最前で力を尽くしていらっしゃる非営利団体の皆さまに総額1億円を限度に助成をしています。他にも、人間だけではなく動植物にとっての生きやすさを考えていくために、千葉市動物公園さんと2023年に連携し、生物多様性に資する活動にも取り組んでいます。植樹の活動では、世界で累計1,268万本を超えた 木を植えてきました(2024年2月時点)。北海道から沖縄県まで日本各地だけでなく、タイやカンボジアなど海外でもおこない、中国の万里の長城では100万本を植樹。植樹するときには、地域の方や小学校の子どもたち 、イオンピープル が一緒に地域の自然環境に最も適した、その土地本来の 木を数十種類とりまぜて植えています。 2019年の様子 また、山武市百年後芸術祭の開催地でもある、山武市九十九里浜には、2019年から2021年にかけて累計1万5千本の植樹をおこないました。近年の九十九里浜は松くい虫被害や湿地化による疎林化が進行していたり、東日本大震災では津波で塩害に遭ったりしています。他にも千葉県内では、浦安市にて東日本大震災時に液状化で噴出した土砂を盛土として活用する植樹活動もおこないましたし、野鳥の森の再生を目指して千葉市泉自然公園でも植樹活動をしたり、さくらの苗木を植えたりもしました。再生可能エネルギー活用の啓発・普及および環境教育を目的に、鴨川市立鴨川中学校に太陽光発電システムの寄贈もしています。 ーーーイオン環境財団の活動と百年後芸術祭のテーマはどのように連動していると考えていますか? 降旗:コンセプトに書かれている「100年後を思うことは利他そのもの」という言葉に通ずるところを感じます。自分という存在は100年後にはもう存在しないですよね。つまり100年後を考えることは、自分はもうこの地上にはいないという前提で考えること。 木を植えることもおなじです。木が育ち、人が育つ、その先の未来はどうなっているかわからないけれど活動を重ねていく。我々のやっていることもまた利他ですよね。また私たちが非常にこだわっているところは、参加者に自らの手で木を植える体験をしていただくことです。その1本の木から何を想像するか。誰かがやるのではなく自分たちでやる。その体験にこそ価値があると考えています。 山本:木を植える行為の結果はすぐには出ないんですよね。50年、100年先のことを考えて普段活動しているので、この「百年後芸術祭」はまさに私たちの活動とマッチすると思いました。 また、「百年後芸術祭」は未来を作っていくための共創の場とのことですが、この共に創っていく部分も私たちの活動と共通点があると思っています。イオンは全国各地に店舗があり、店頭でたくさんのお客さま に直接ボランティアの募集もできますし、お取引先さま や株主さま 、地域に住んでいらっしゃる方や学校の生徒さんなど、さまざまなステークホルダーとかかわりを持っています。私たちはそんな一人ひとりの方とも自然の大切さを共有したいと考えています。 ーーー 活動を通しての変化や気づきなどはありましたか? 降旗: いろいろな方と一緒に、植樹をしたり、自然の大切さを共有したりしているときには、色々な意見もあり 、人間関係が変わり、行動が変化し、さまざまな対話をすることになります。我々は木を植える機会を提供しているものの、その体験から生まれるものは「植樹された木そのもの」だけではなく、「お互いを尊重しながら 対話を繰り返す行為自体からなにか」が生まれているように思います。 山本:その「なにか」は心の平和、心の豊かさ、生き甲斐のようなところに繋がっているような気がしています。ちょっと振り返り、立ち止まり、考え直すような。 降旗:もしかしたら、植樹などの社会貢献活動を通した新しい人間関係のネットワークの可能性みたいなものなのかもしれません。私自身も社会貢献活動をやっている中で、新しい形の人のつながりみたいなものの可能性を作れたらなと思う時が今までもありました。人との繋がりとして、地縁や血縁がありましたが、きっとこの新しい人間関係は一人ひとりの生き甲斐にも繋がっていくのだろうなと思います。 山本:実は、イオンピープルは社員だけでも57万人もいます。そ の中には植樹を体験できていない人 もいるので、さまざまな地域で、木を植える体験を通して新しい自然との関係性を考えたり、環境への気づきを得たり、環境を思う心を養ったりなど、いろんなことが生まれてほしい と思っています。きっと、活動の一つひとつが社員にとっても新しい「なにか」に繋がっていくのではないでしょうか。4月22日のアースデーの日に、「百年後芸術祭」の会場にもなる砂浜であり、イオンピープル で植樹した森のまわりでもある場所でビーチクリーンも行う予定です。こちらも楽しみです。 4月22日の実際の様子 ーーー百年後芸術祭では「百年後」のことを考えていますが、イオン環境財団さまの思い描く「百年後」や、「百年後」のために今必要だと考えられていることはありますか? 山本:「平和」に尽きると思います。私たちが一生懸命みどり を増やす活動をしている今でも、戦争はおこっていて、人のいのち も動植物も一瞬で失くなる事態が起きている…。ただそれを止められるのも人の力であると思うので、一人ひとりの力は小さいけれど、動植物も含めてこの世界全体が平和であり続けて、その笑顔が溢れるような社会を絶対に私たちが作っていくという覚悟を持ってやりきることが今を生きている人間の責任だと思います。今を生きている人間として、1つしかない地球をどう健全なより良い状態で次の世代にバトンタッチできるか。またそのための活動や思想を発信し続けるというのも、私たちのミッションのひとつなのではないかと考えています。 Photo, edit:Hinako ChibaInterview, text:Yuri Miyazaki

フラム海苔ノリ通信Vol.4

内房総アートフェス

2024.05.03

フラム海苔ノリ通信Vol.4

4月27(土)、雨でしたが「おにぎりのための運動会!」挙行。旧里見小学校の豊福亮さん監修の《里見プラントミュージアム》で開会式。 豊福亮が手がけた《里見プラントミュージアム》での開会式(EAT&ART TARO《おにぎりのための運動会!》)Photo by Osamu Nakamura Photo by Osamu Nakamura Photo by Osamu Nakamura 玉入れに参加し、白鳥公民館での「時速30kmの銀河の旅」の観劇です。雨は11時頃から上がり、「おにぎりころがし」「綱引き」はグラウンドでやれたそうで、観劇のあと旧里見小のキッチンで待望のおにぎりを食べました。おいしい。5月18日(土)にもあるのでぜひご参加を!》詳細・参加申込はこちら 時速30kmの銀河の旅《終着駅2024》Photo by Osamu Nakamura 午後2時頃、木更津市の干潟にSIDE COREの《dream house》を見に行きました。アクアラインの手前にある島のような洲に実際の1/5くらいの、かつてメンバーの木更津市に住んでいた高須咲恵さんの家を再現したもので、写真では本物のように見えるのですが、実際は小さいもので、実に楽しい。 SIDE CORE 《dream house》Photo by Osamu Nakamura この干潟にはホソウミニナが無数にいるし、小さな蟹を見つけていくとピタッと止まって分からなくなる。槙原さんの干潟ツアーはさぞ楽しいだろうと思いました。夜は菜の花プレーヤーズの集会に行きました。 槙原泰介の作品《オン・ザ・コース》に関連した干潟ツアー 菜の花プレーヤーズ集会 北川フラム

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発! 「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 2>市原市編(後編/内田未来楽校→上総牛久駅周辺→市原湖畔美術館ルート)

内房総アートフェス

2024.05.01

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発! 「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 2>市原市編(後編/内田未来楽校→上総牛久駅周辺→市原湖畔美術館ルート)

ノスタルジックな雰囲気の木造校舎では圧巻の大型作品を展示 廃校を訪ねること3軒目。ほかの二つの小学校と同じように内田未来楽校も100年近くの歴史を持つノスタルジックな木造校舎です。地域住民・支援者を中心としたNPO法人「報徳の会・内田未来楽校」のもと、里山ハイキング、展示会、朝市、こっこ市など、子どもからお年寄りまで楽しめる行事が盛んに開催されています。 中には二つの作品があります。一つめは、角文平さんによる《Homing》。たくさんの凧が舞う空間に大きな惑星?のような星が鎮座しています。 上総地方には、生まれた子どもの健康を願い、端午の節句に凧を贈る風習があるそうです。「空高く舞い上がる姿に子どもの未来を重ね合わせたのだろう。けれど凧が自由で力強く見えるのは、糸の先にいつでも帰って来られる安心な場所があるためだとも思う」と角さんは語ります。この地域の子どもたちの拠り所であっただろう古い木造校舎の中に惑星と凧のインスタレーションを創造し、思い出の地を目指して大小の袖凧が集まってくる姿を表現。 一貫して資本のエコシステムをテーマに作品を制作しているイ・ビョンチャンによる《クリーチャー, 2024》。とにかく巨大!消費生活で大量に廃棄され、環境汚染や生態系の破壊などを引き起こしているビニールやプラスチック素材を作品に用いてそれらを発光させ、動かし、奇妙な生き物(クリーチャー)を生み出しています。どこからか空気が送り込まれて、萎んだり膨らんだり。待ったなしの環境汚染問題をここで突きつけられます。 校舎の隣にあるのが「内田未来カフェ」。地域のボランティアのマダムがコーヒーを入れてくれました。おやつも出してくれてしばしほっこり。一度は取り壊されそうになったというこの学校ですが、地域住民が一体となって守り続け、「いちはらアート×ミックス2014」でアートを展示する場としてまた返り咲いた素敵な場所。「あなたたち取材にきたの?たくさん宣伝してね〜」と頼まれたので、ぜひ立ち寄ってお買い物やカフェを楽しんでくださいね! 地域の人々から愛される昔ながらの商店街をめぐる さて、市原市の個人的ハイライト、上総牛久駅周辺エリアにやってきました。ここは養老川の船着場や荷揚げ場と、東京湾~太平洋の陸路との交点にできた宿場町で、道路がマスの角のように直角に曲がる宿場町特有の街道が残ります。約100年前に上総牛久駅ができてからは商業の中心地として発展してきました。近年は「アートのまちいちはら推進ビジョン」のモデル事業として、「牛久リ・デザインプロジェクト」を実施しています。 上総牛久駅から20メートル離れた場所に広がる牛久商店街には、古くから続く和菓子屋や肉屋、金物屋、蕎麦屋、寿司屋、文房具屋、呉服屋、氷屋、薬屋などが軒を連ねます。ノスタルジックな商店街好きの筆者としては、本当に地域の人々からの愛を感じる魅力的な商店街だと感じました。 豊福亮《牛久名画座》 かつてパチンコ屋として使われていた空き店舗の空間を、20世紀後半の美術史家E. H. ゴンブリッジの著書『美術の物語』に登場する世界の名画の模写で埋め尽くしたのは豊福亮さん。パチンコ屋時代の賑やかな店舗を想像しながらも、美しい絵画を前にまるで美術館にいるような優雅なひとときを過ごせます。 そのお隣にある柳建太郎さんの《KINETIC PLAY》も中に入ると素晴らしいガラスの世界が広がっています。千葉県印西市の印旛沼近くにある柳建太郎さんの工房「アトリエ炎」を牛久商店街にそのまま移転した作品とのこと。真っ暗な空間の中には柳さんご本人がいらっしゃって、ガラスを動かしながら作品解説をしてくれました。土・日・祝日はガラス細工ワークショップを開催しているとのことです。 ゴブレットやデキャンタなどの酒器を使ったクレーンやタワー、風車など、繊細かつユニークな発想でつくられた遊園地のような世界に魅了されました。本当に素晴らしい職人技。 終始ユーモラスな柳さん。  Artdex「世界の9人の光のアーティスト (2019)」に選ばれるなど、世界のライトアートを牽引している千田泰広さんの《アナレンマ》は、ぜひ人のいない時間にじっくりと鑑賞してほしい作品です。手作業で立体的に編まれた膨大な量の糸と、光を用いたインスタレーション作品ですが、まずは心を無にして無数の光が飛び交う幻想的な空間をお楽しみください。 続いて、空洞や余白、日常的には意識されないような「間」や「境界」を、形にとどめにくい素材を用いて再構築し空間を満たすような作品を制作している大西康明さんによる《境の石 養老川》。 銅という素材を用いて表現された養老川は下から見ても上から見ても美しく、もともと店のインテリアだったであろう大きな鏡や白い鳥が舞う大きな絵画もあいまって実に幻想的な空間となっています。ぜひ階段の上からも見てみてください。 以前は何屋さんだったかわからない店舗に展示されている作品もありますが、こちらは現在も営業する「東屋精肉店」。沼田侑香さんによる《MEAT SHOP/JAPANESE SWEETS SHOP》が展示されています。 沼田さんは、忘れたくないノスタルジックな風景や時間軸が残されている牛久商店街の精肉店と和菓子屋で作品を展開しています。「デジタル社会を示唆するようなコンピューターグラフィックのイメージを現実世界に再インストールした」とは沼田さん。吊るされたグラフィカルな加工肉の向こうで店主さんが笑顔で働いている光景がなんとも微笑ましかったです。コロッケやメンチカツも絶品だそう。※《MEAT SHOP》のみ月・火・水曜日定休 岩沢兄弟による《でんせつのやたい》は、「モノ・コト・ヒトのおもしろたのしい関係」を合言葉に、人や組織の活動の足場となる拠点づくりを手掛ける兄弟が、地域の家電販売や修理を支えてきた家電販売店「フコクデンキ」を舞台に、「でんせつのやたい」と題した屋台型の作品を展示しています。見たことがあるようでないような不思議な電気関連グッズ。ちょっと欲しくなります。 ※ 火・水曜日/第1・3日曜日定休 ところで、牛久商店街を歩いていると営業中の各店舗前に写真と言葉がプリントされたのれんが目に入ります。これは市原市牛久商店街活性化事業の一環として、牛久商店会・牛久奉仕会が、千葉大学ベンチャーの株式会社ミライノラボと千葉大学生と連携し、「アート×広告」ののれとして制作されものだそうで、一つひとつ読んでいくだけでも牛久商店街愛が感じられるのでぜひ注目してくださいね。 そして、薬屋「いとう」さんの前に気になるお知らせが!最近ここにあったオレンジ象の「サトちゃん」が誘拐されてしまったそうです。早く帰ってきてくれますように。 上総牛久駅に戻り、栗真由美さんによる《ビルズクラウド》をじっくり見ると牛久商店街のさまざまなお店がプリントされたランプでした。「さっき行ったお店だ!」「このお店の前通った〜」とアートめぐりを振り返るひととき。栗さんのコメントも素敵です。 「私は駅で展示したいと希望した。駅を利用する人々をお迎えできる場所で、作品を通じて『いってらっしゃい』『いらっしゃい』『お帰りなさい』と地元住民の皆さんと同じ瞬間に立ち会えたら幸せだと思ったからだ」。 上総牛久駅にも藤本壮介さんによるトレイを発見。個室の中に木が植栽された《緑があるトイレ》、空に向かいそびえ立つ《塔のトイレ》、やわらかな黄色に包まれた《菜の花+ 切通しのトイレ》、緩やかな外階段を上がると高さ3.5mの屋上から列車が走る様子を一望できる《階段のトイレ》の5つのユニークなトイレを自由に使用できます。電車で移動される方は、待ち時間をここで過ごすのもいいですね。 上総牛久駅を出発し、市原湖畔美術館へ。途中、上総久保駅近くでも感動的な菜の花畑に出会うことができました。 鈴木ヒラク《Warp》 国境を超えてつながること、絆を結んでいくこと。市原湖畔美術館の企画展へ。 すっかり日が暮れてしまいましたが市原湖畔美術館は土・祝前日は19時まで開館しているのでセーフ。✳︎公開時間:平日10:00~17:00、土・祝前日9:30~19:00、日・祝日9:30~18:00(会期中は火曜定休、最終入館30分前) 市原湖畔美術館は千葉県一の貯水面積を誇る高滝湖に臨む自然豊かな美術館で、現代アートを中心とした企画展や地域・子どもに開かれたワークショップなど多彩なプログラムを展開しています。ドラマやMVにも使われるユニークな建築や、隣接する「PIZZERIABOSSO」での旬の食材をふんだんに使った食事も楽しめます。 美術館内外には恒久作品も多数あります。エントランスの吹き抜けにどっしりと立ち、酸素と二酸化炭素を交換する「肺胞」をモチーフにした木の形をしたKOSUGE1-16さんによる《Heigh-Ho》は、日が暮れてからの、呼吸をするように明滅するライトアップも幻想的です。 KOSUGE1-16《Toy Soldier》 市原湖畔美術館名物といえばこちらの兵隊さん。人がいるときはピシッと立って監視をしていますが、人目を盗んでは膝を曲げて休んでしまう怠け癖があります。 エレクトロニクスを使用したガジェット的な作品の制作から活動を開始し、インスタレーションや映像などへ活動の場を広げるクワクボリョウタさんによる《Lost Windows》。地下ホールの壁面いっぱいに投影された窓枠は、光がつくりだす木立の影が角度によって大きさを変えながらゆっくりと回転を続けます。 市原湖畔美術館では現在、「内房総アートフェス」の一環として企画展「アートを通じて<わたし>と世界が交差(クロス)する」が開催されています。(〜6月23日まで) 千葉県の中央に位置する市原市は、全国・世界から移り住んだ数多くの人々を受け入れ、人口の50人にひとりが海外にルーツを持っていると言います。本展は、市原に暮らす多様な民族的バックグラウンドをもつ人々が共に生きる社会を希求するプロジェクトで、彼らの母国から招いたアーティストたちが、ワークショップやリサーチ、インタビューを通して生み出した作品が展示されています。出展作家は、ディン・Q・レ(ベトナム)、リーロイ・ニュー(フィリピン)、リュウ・イ(中国)、チョ・ウンピル(韓国)。それぞれの国の歴史・文化・風土、そしてこの地で暮らす人々の人生や思いに光を当て、鑑賞者の想像力を開花させてほしいという願いが込められています。 ベトナム人アーティスト、ディン・Q・レさんによる《絆を結ぶ》は、国境を超えてつながること、絆を結んでいくこと、世界の繋がりを感じさせる温もりに満ちた作品です。 ベトナム戦争で国を出て移民として暮らした経験を持つディン・Q・レさんは、市原に生きるベトナム人にインタビューを重ねる中で、いかに彼らが故郷の家族を思い、人と人とのつながりを大切にするかを知りました。この地で新たなつながりが生まれることへの願いを込めて、ベトナムと市原で集めた古着を、日本人とベトナム人、さまざまなルーツをもつ外国人が協働して巨大なキルトへと縫い上げ、インスタレーションとして展示しています。 ✳︎本展のために市原に3月17日より1週間滞在していたディン・Q・レさんですが、ベトナム帰国後、脳卒中により4月6日にご逝去されました。ディン・Q・レさんは出展作《絆を結ぶ》の完成を、「私はアイデアを出したけれど、一切、手を動かすことはなかった。これはベトナムと市原のコミュニティによってつくりあげられた共同作品だ。私のまったく新しいチャレンジだった」と心から喜んでいたと言います。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。 リュウ・イ[劉毅]《はじめまして》 市原に住む中国人のライフストーリーの聞き取りを通して、異国の地で自らの固有性を保ちながらも、居場所を求める中国人の魂の旅を、中国古来の水墨画の技法を活かしたアニメーション作品として描きだしています。 独特な青を使ったインスタレーションを中心に、映像作品などを手がけるチョ・ウンピルさんによる《私の青》。青は、朝鮮半島に住む人たちにとって特別な色だと言います。織り手と織り手の交差点をネットのように編むことで無から有を生み出す様子を示しています。ネットワークがネットを語源とするように、本作品は、作品を取り巻く環境や観客との関係を紡ぎ、さらに海を介した長きにわたる日本と朝鮮半島の交流へと思いをつないでいく。韓国と日本の平和への願いが伝わる壮観な作品です。 身に着けることができるウェアラブル・アートから大規模なインスタレーションまで、多彩な作品をつくるフィリピンの作家、リーロイ・ニューによる《多次元港としてのバレテ》。何千本ものペットボトルと竹でつくりあげたという作品は、美術館の吹き抜けスペースを支配しているかのようでした。 現在の地球規模での環境問題に警鐘を鳴らす作品でもある本作ですが、こちらもディン・Q・レ作品同様に、約4000本のペットボトルを用いて、市原に暮らす多様な人々とともに作り上げたそうです。 「多文化共生社会に向けて、世界と<わたし>がつながる契機となることを願う」。そんな企画展でしたが、さまざまな国のアーティストが一つの願いを掲げ、それぞれの表現を通してメッセージを発信する。そんなことができるのはアートだからこそ。 そして、百年後を想う芸術祭であることを考えた時、「今よりももっと世界がやさしくつながっていてほしい」。そんな想いに駆られました。争いは今この瞬間も世界各地で起こっていて、多くの命が奪われています。大切な人を想う気持ちと同じように、みんなが他者とやさしさでつながることができたら、100年後の世界は今よりも希望がある気がします。 今回、レポート記事のために二日間かけて約90作品のアート作品を駆け足でめぐりましたが、最低でも3日間は必要でした。いや5日間かも(笑)。千葉県は自然豊かで食も美味しい場所。その豊かな土地のめぐみを味わいながら、アートをゆっくり堪能することができたなら、それがベストです。作品を通じて千葉の魅力を知ることができる。そんなアートが盛りだくさんなこともあり、そこから新たな千葉を発見することもしばしば。地元の方であれば、知られざる我が街のルーツや歴史を知る機会になり、もっと千葉が好きになるかもしれません。 千葉のそれぞれの地域の営みに美を見いだした作品の数々が、たくさんの人の心に届きますように。そして、来場者のみなさんにとって、少しでも未来への希望が持てる機会となりますように。 Photo:Eri Masudatext :Kana Yokota 

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発! 「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 2>市原市編(前編/旧里見小学校→月崎→月出工舎ルート)

内房総アートフェス

2024.04.30

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発! 「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 2>市原市編(前編/旧里見小学校→月崎→月出工舎ルート)

小湊鉄道が走り抜ける自然豊かな市原市では「アート×ミックス2024」を満喫 ここでは、千葉県のほぼ中央に位置する市原市のアート作品をご紹介します。市原市は自然や観光名所がとても多い場所。南北を養老川と小湊鉄道が縦断し、菜の花が一斉に咲き誇る春は、「撮り鉄」の方々が数多くみられます。なんと、ゴルフ場の数は日本で最も多いそうです。 今回、百年後芸術祭の里山エリアでは2014年から開催している「いちはらアート×ミックス」の成果を継承し、「アート×ミックス2024」として展開します。市原市は内房総5市のなかでも圧倒的に作品数が多く、一つひとつの作品をゆっくり見て回ろうと思うと、こちらも1日で回りきるのは正直難しいです。むしろ、何度も訪れて、1箇所ずつ街や観光名所なども楽しみながら訪れてほしいです。 スタートは、小湊鉄道線の飯給駅にある「Toilet in Nature」から。建築家の藤本壮介さんが設計したという女性専用のトイレで、春には梅、桜、菜の花。夏には一面が緑のじゅうたんになるそうです。こんな遊び心たっぷりのトイレは初めてで、世界一大きなトイレだというのも頷けます。 かーんかーんという音がして振り返ると、ちょうど飯給駅に小湊鉄道が!市原名物のレトロで愛らしい列車と菜の花の共演にしばし目を奪われます。 飯給駅の近くにある大人気の田邉精肉店を通りがかったら、迷わず車を停めてください。店内に入って食べたいメニューを頼むと揚げてもらえます。メンチカツやイカメンチ、カニクリームコロッケなどいろいろメニューはありますが、ぜひ食べてもらいたいのがイカメンチ。アツアツを頬張ると、プリッとした口当たりのイカがごろごろ入っていて、一個で満足感! そして、そこからすぐの旧里見小学校へ。2013年で廃校となり、以降「いちはらアート×ミックス」の作品展示場所となっていたこの場所には、国内外の作家の制作風景や、地域発の品々からなるショップやレストランが並びます。 校舎内に入るとゴオ〜ッと言う大きな音が鳴り響いているので何事かと思って進むと現れたのがこちら。アレクサンドル・ポノマリョフ《永久機関》。 2021年の「いちはらアート×ミックス」で小湊鉄道五井機関区の鍛冶小屋に設置された作品を、旧里見小学校の給食室跡へと移設したそうですが、2本の円柱の中で赤い球体が水と共に勢い良く上下運動を続ける様子は思わず見入ってしまいます。これは鼓動する心臓や機関車を連想させ、人類の進化、創造的精神を表しているのだそう。止むことなく運動を続ける本作は、来訪者を圧倒すると同時に、百年後芸術祭によって3年ぶりに再稼働した旧里見小学校を動かす心臓を象徴しているかのようです。 エルヴェ・ユンビ《ブッダ・マントラ》 アジアの精神である仏教と、アフリカで今も重要視されている祖先崇拝の要素を対話させることにより、違いを受け入れる寛容さと友愛を称える作品。アフリカの美術品に重用されてきたガラスビーズが用いられていて、近づいて見れば見るほどその繊細さに驚きます。 森靖《Start up – Statue of Liberty》 木彫や塑像など伝統的な彫刻技法を使い、「美」などの根源的な要素や、記号論的な思い込みや意識に対して問いかける彫刻作品を制作している森靖さん。《Start up – Statue of Liberty》は、現代に必要とされる自由とは何かを考えながら、伝統的な木彫技法を用いて制作されていると言います。公開制作中とのことで、会期中に少しずつ形づくられる自由の女神の完成に期待が膨らみます。 ソカリ・ドグラス・カンプ《Peacetime》 校庭ではなにやら作品を製作中の様子。ナイジェリア出身の作家のソカリ・ドグラス・カンプさんでした。鉄板を加工してベンチや木、植物をかたどり、人々の憩いの場となるような彫刻作品を制作するとのこと。現地に長期滞在し、校舎を改装したアトリエで制作する様子も4月上旬まで来場者に公開されました。完成後は半恒久的作品として校庭の噴水付近に移設し、作品に人が座って休んだり思索にふけったりできる空間になるそうです。この記事が公開する頃にはきっと完成しているのではないでしょうか。楽しみです。 アーティストの豊福亮さんも発見!この日はソカリ・ドグラス・カンプさんのお手伝い中だったようで、同じ場所で作家さん同士が交流しながら作品が出来上がっていく様子も微笑ましく感じました。 そんな豊福さんの作品は体育館にあります。《里見プラントミュージアム》と名付けられたこちらの作品は、市原の原風景である里山に、市原の工場夜景をモチーフとしたミュージアムをつくりだすというもの。 1960年代から市原の湾岸部につくられた工業地域。60年以上にわたり休まず、たゆまず、動き続けてきた工場群は、今では市原の象徴的風景の一つです。体育館内には、以下5人の作家の工業的なエッセンスをもった作品も展示されています。 角文平 《Fountain》ドラム缶に積み上げられたオブジェが、絶えず中身を循環させる。石油缶やチョコレートの噴水に、作家は列強や経済大国、エネルギー争奪戦争や公害といったシンボルを重ねる。大食い願望を軽やかに見せながらも、資本主義社会で私利私欲に溺れて破滅する危険性など暗黒部分と向き合わせる本作は、物事を多角的に見せる工夫と手がかりを示す。 栗山斉 《真空トンネル》大気圧と真空でつくられたトンネルの構造を観測する作品。内側と外側で大気圧に大きな差異が生じているガラス管を局部的に熱すると、柔らかくなったガラスが大気圧に押され(真空に引っ張られ)形態が変化する。できた凸凹状のガラス管では放電が不安定になって光がゆらぎ、大気の圧力が可視化される。 千田泰広 《0.04》滴る水が屈折率の変化し続けるレンズとなり、床や壁面に、連続的に変化する光の模様を描く。水滴内部の微細な変化により、二度と同じ模様が現れることはない。宇宙を構成する主要素である、光、空間、時間が、重力と水の表面張力によってつなげられる。 原田郁 《HOUSE #001》作家は仮想空間におけるユートピアをモチーフに絵を描く。その世界では、あらゆるものが簡易的な形に抽象化される。作家が描く「家」は一見CGのように無機質だが、よく見れば個性や表情がある。キャンバスや建材に絵の具で描くことで、現実世界と仮想世界をつなぐ橋を架ける。 柳建太郎 《FUROCCO》「風呂+トロッコ=FUROCCO。アートを楽しむ身支度をしよう。FUROCCOに乗りこんで、心はピュアに心身を清めよう。さあ、芸術祭に出発進行!」(柳) 角文平 《Fountain》 インフォメーションセンターには、公式グッズなどのほか、地元の食材などが販売されているショップも併設されています。 旧里見小学校でのお楽しみはなんといってもこちらのレストラン。EAT&ART TAROさんプロデュースの「SATOMI HIROBA」は入館料なしで利用できます。塩田済シェフ特製の手作りのベーコンと房総の新鮮卵を挟んだフォカッチャサンド、房総の豚肉を使った揚げたてカレーパンやスイーツ、珈琲などメニューも豊富。 その場で自分でつくれる生いちごミルクも最高の味わい! この日は自家製プルドポークがたっぷり挟み込まれたサンドイッチをオーダー。さっきイカメンチを食べたことも忘れてパクパク食が進みます。ジューシーでとってもおいしい!校庭に置かれた小さくて可愛いカラフルな机や椅子に腰をかけて食べるのもどこか懐かしい気持ちになります。先を急ぎたい人は、テイクアウトメニューもあるのでコーヒー片手にアートめぐりもおすすめです。 会期中はEAT&ART TAROさんによる「おにぎりのための運動会!」もこの場所で開催されています。ラストは5月18日(土)なので、ぜひ参加してみてくださいね。たっぷり運動したあとにみんなで食べるおにぎりは至福の味です。 木村崇人《森ラジオ ステーション× 森遊会》 旧里見小学校を出て車で少しいくと、月崎駅にある小湊鉄道の旧詰所小屋を森に見立て、人と自然との関係を見直す「森ラジオ ステーション」が現れます。有志団体「森遊会」が通年維持管理を行い、地元の人に大切にされ続けています。会期中はラジオをチューニングして、森から森へ旅を楽しめるプロジェクトや、森を遊ぶワークショップを実施。屋久島や飛騨の森、月崎の森など、さまざまな森の音の旅を楽しめて癒されるのでぜひ立ち寄ってみてください。 「みんなでつくるがっこう 月出工舎」には注目作家の作品が揃い踏み! 市原市の山間部にある月出小学校に到着です。2007年に閉校した月出小学校は、2014年に芸術の発信拠点として大きく生まれ変わりました。「みんなでつくるがっこう 月出工舎」をコンセプトに、「遊・学・匠・食」の4つのプロジェクトを展開。芸術のみならず、あらゆる分野や世代を超えた取り組みが、時間をかけて着実に月出の森に根付いています。 中根唯《出る月の絵たち / 絵の宿木》 校舎に入る前に、まず外の作品をめぐります。なにやら古民家に白い物体が巻き付いているように見えます。なんだろう。「家とも自然とも言えない空き家という環境に、宿木のようなあり方で絵を介在させることはできないか」という作家の想いから、少しずつ周囲の自然に侵食されていく家屋に残る人の暮らしの気配を繊細に感じ取り、外からやってきた種が少しずつ周囲と調和しながら根を張るように、時間の経過と共に育っていく作品を目指したとのことです。 白い塊はジェスモナイトという素材を使用して制作されているそうですが、近づいてみても繭のような、生き物のような不思議な作品でした。 ほかにもさまざまなアーティストの作品が外のスペースで見られるのですが、起伏が激しくてちょっとした山登りを楽しみながら鑑賞することになります。必ずスニーカーを履いてきてくださいね。 月出工舎の全体ディレクションを手掛ける岩間賢さんが、月出の暮らしの中にある先人からの知と技を継承し、月出の森から集めているという「雫」を貯蔵する土づくりの作品をプールに設置しています。本作は2021年の「いちはらアート×ミックス」で発表した養蜂の機能を持つ野外彫刻《ほとり》の空間と合わせて展開されたもの。会期中には土壁塗りの公開制作を行い、その熱気や創造のプロセスの現場に立ち会える場となるそうです。 そして、敷地内の一番山奥で体験できるのが、今年のヴェネチア・ビエンナーレの日本館の展示作家でもある毛利悠子さんによる《I Can’t Hear You》です。音だけの作品なので見過ごしてしまわないようにしてください。 タイトル《I Can’t Hear You》は、NHK 番組「ここに鐘は鳴る」に出演した際の鈴木大拙が、国際電話がうまく通じずに繰り返した言葉の引用。この言葉を会場の両端にあるスピーカーから一瞬だけ時間をずらして流す。端から端に向かう鑑賞者は、ある一点においてエコーが消えるのを感じる。ようやく聞こえた言葉が「I canʼt hear you very well(よく聞こえません)」であることの意味と無意味を、この混沌とした今の時代に響かせる。 とガイドブックに書かれていたので、ある一点を探してみるもこの日は見つからず。またリベンジしたいと思います。 体育館には「距離」をモチーフとした石川洋樹さんによる《彫刻あるいは距離を測る為のプラットフォーム》が展示されています。 ショップには、 月出工舎に巨大壁画を描いた岡田杏里さんによる陶器のオブジェも販売されていました。とっても可愛くて欲しくなります。 岡田さんは、月出の暮らし、動植物、伝説、住民から聞いた昔の風景の話をもとにして、土地の記憶をテーマに巨大壁画を制作。3階建ての月出工舎の約11×15m の外壁を中心に、階段内部まで物語性のある壁画がダイナミックに描かれているのでじっくり鑑賞してください。 ベルリン在住の田中奈緒子さんによる《彼方の家》も見応えたっぷりなので時間が必要です。遠近感がわからなくなるほどの巨大な椅子がお迎えしてくれます。 「築約100年の古民家とその周辺域を詩的なサイトスペシフィック・インスタレーションとして蘇生させた作品」とのことですが、この家でかつて使用されていた家具や小物が、床に溶け入るように設置されていて、さらに土間にはアリ地獄のように深く大きな穴が口を開けていて圧巻です。   月出工舎にて焙煎工房を構える「ヤマドリ珈琲」では、南市原をイメージした珈琲豆の販売や焙煎師が淹れるコーヒーを味わえます。また、月出の森で食べられるBBQ スタイルのサンドイッチや地元野菜を使用したオリジナルデザートを週替わりで楽しめます。さらに、森の恵みでつくられた自家製シロップを使用したかき氷「月出のかまくら」が期間限定で登場。こちらも休憩場所として要チェック。 廃校めぐりはまだまだ続きます。次は旧平三小学校。養老川の支流である平蔵川に沿った大多喜街道の道中にある平三地区にあります。旧平三小学校は140年の歴史があったそうで、校庭の地下には川廻しという手掘りの水路が流れていて、先人たちが地域の発展ために捧げた思いを見ることができます。 校舎に入ると階段には九九を覚えるためのこんな工夫が。これなら毎日階段を上がりながら覚えられそうです。 暗闇の中の理科室や賑やかな音楽室でのアート体験 旧平三小学校に3つの作品を展示しているのが冨安由真さん。見えないものや不確かな存在への知覚を鑑賞者に想起させる没入型のインスタレーション作品や絵画作品を発表されている作家さんです。会場にある3つの冨安さんの作品は1つ目が「上昇」、2つ目が「下降」、3つめが「水平/均衡」をキーワードに制作されています。 「上昇」をテーマとした作品《Jacob’s Ladder (Dream For Ascension) / ヤコブの梯子(終わらない夢)》は、2階から3階にかけての階段および3階から屋上への梯子スペースに展示されています。「ヤコブの梯子」は、旧約聖書に登場するヤコブが夢で見た天から地へと伸びる梯子のこと。また、「Ascension」とは日本語で「上昇」を意味しますが、キリスト教においては「天国に魂が昇る」ことを表しており、階段を登り作品を鑑賞する行為を通じて、答えの出ない「死」について問いかけていると作家はコメントを残しています。 3つめの「水平/均衡」をテーマとした《Three on the Level》も同じ校舎内にあります。作品のモチーフとなっている「3」という数字は、ピラミッドやキリスト教の三位一体など古くから思想や信仰の中で使用されてきました。三角形は安定を意味し、また「第三者」「三人称」などは中立や客観性を意味する概念でもあります。作家の重要なテーマである「視点の重なり」を軸に、暗闇の理科室で幻想的な体験を創出します。理科室にある実験道具は倒さないように気をつけて。 二つめの「下降」をテーマにした《The TOWER (Descension To The Emerald City) / 塔(エメラルド・シティに落ちる)》は別棟にある配膳室に展示されていますのでそちらもお見逃しなく。 レンズやゼンマイを使用したキネティックなオブジェの制作や、人間の視覚を比喩的にとらえた作品などを発表している秋廣誠さんによる《時間鉄道》は、傾斜のある長さ6m のレールの上を、350kg 相当の鉄道車輪が約2か月かけて「降下」していく作品です。 ゼンマイ時計では、脱進機と呼ばれる機械によってゼンマイのエネルギーをゆっくりと解放しますが、本作では重い車輪の「転がろうとするチカラ」がゼンマイの力に相当します。脱進機が搭載された車輪は、展覧会会期という有限な時間と共にゼンマイのエネルギーから次第に解放されていくというコンセプトですが、じっと見ていても動いている感じがしないのに、それでも少しずつ降下していっているというのが不思議で、ただただ見入ってしまいます。 アブドゥルラーマン・アブダラ《最後の3人》 部屋は照明を落とし、この学校の最後の生徒となった3人が書き残したという黒板の別れのメッセージに視線が向くよう、スポットライトが当てられている。この作品は、「子どもたちが残していった言葉のしたたかさを観客に考えさせると同時に、一つの章が幕を閉じれば新たな章が始まるという楽観に満ちた表現となっている」と作家のコメントがありますが、そもそもこの黒板は本当に生徒たちが書いたものなのか、すべてが作品なのか、置かれたりんごとシャンデリアの意味は? と、いまだに謎に包まれたままです。 笹岡由梨子《Animale(アニマーレ)》 自身の身体のパーツ、そして自身で作詞作曲した音楽で構成された映像を用いて、独自の作品世界を築き上げてきた笹岡さん。今作《Amimale(アニマーレ)》は、「動物と人間の境はどこだろう?」「動物にとっての労働とは何だろう?」という素朴な疑問から生まれたそうです。学校で飼育され、かわいがられていた鶏やうさぎ、猫などの実話をもとにつくられた独自の生き物たちが、音楽室で労働歌を奏でる姿は奇妙だけど可愛らしい。賑やかで楽しい作品です。 バハマの作家ラヴァル・モンローさんの《サンクチュアリ》はほぼすべてが段ボールでできています。作家は段ボール古紙を、貧しい素材と呼び、経済的に貧しい者たち、すなわち大衆のイメージを重ねています。反抗の象徴であるガイ・フォークス人形と、それを囲む4匹の猟犬が対峙する構図ですが、それらはすべて貧しい素材でできており、単純な二極対立構造ではないことを暗示します。教室の奥に飾られた絵は作家の家族だそうで、カリブ海に浮かぶ遠い島で生まれ育った作家の人生を市原の奥地で垣間見る。そんな異空間な教室でした。 地方の芸術祭では廃校になった小学校がアートの舞台として使われることが多いですが、どんな芸術祭でもそこで過ごした子どもたちの笑い声や生活が思い起こされて、思い出深い学び舎がアーティストたちによってまた息づいていく光景がたまらなく素敵だなと感じます。 後編も廃校へ!内田未来楽校→上総牛久駅周辺→市原湖畔美術館ルート Photo:Eri Masudatext :Kana Yokota 

「不思議な世界に迷い込んだ、2人のアリスのものがたり」。 “通底縁劇・通底音劇”アートパフォーマンスライブ「不思議な愛な富津岬」レポート

内房総アートフェス

2024.04.30

「不思議な世界に迷い込んだ、2人のアリスのものがたり」。 “通底縁劇・通底音劇”アートパフォーマンスライブ「不思議な愛な富津岬」レポート

「不思議な世界に迷い込んだ、2人のアリスのものがたり」。 市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市の内房総5市で開催中の「千葉県誕生 150 周年記念事業 百年後芸術祭~環境と欲望~内房総アートフェス」。音楽を主とする「LIVE ART」として、“通底縁劇・通底音劇”と題した小林武史さんプロデュースによるスペシャルライブのひとつ「不思議な愛な富津岬」が4月6日(土)に開催されました。 場所は「千葉県立富津公園ジャンボプール」。富津岬の海辺に位置するここは、その名の通りとっても規模が大きくて、大人も子どもも潮風を感じながら思い切り夏を満喫できる場所です。プール開園は7月中旬からですが、一足先に足を踏み入れてきました。 アイナ・ジ・エンドとアオイヤマダは、同じ黄色いワンピースを身に纏い登場。 小林武史さんの美しいピアノの音色が会場に流れると、アイナ・ジ・エンドさんが登場。1曲目は「幻影」。賑やかだった会場がすっと静寂に包まれ、伸びやかなハスキーボイスが潮風とともに運ばれてきます。そして、この舞台のもう1人の主人公である、生き様パフォーマンス集団「東京QQQ(トウキョウサンキュー)」のアオイヤマダさんがボートに乗って踊りながら登場し、ナレーションとともに物語がはじまります。これは、「二人のアリス」ものがたり。 不思議の国のアリスは物語の中でいつも自分に問いかけます。今は自分が誰なのか良くわからない。アリスの中にはいつも2人の自分がいて、自問自答します。不思議な不思議な世界に迷い込んだ二人のアリスの旅は、さまざまなキャラクターと出会いながら続きます。“跳ねない蛙”、“恋する灯台”、“踊る根”などに模した東京QQQのメンバーたち(かんばらけんた / Kily shakley / KUMI / 高村月 /ちびもえこ / 平位蛙 / MONDO / 山田ホアニータ)が次々と登場し、ダンスを披露しました。 その後、白うさぎ姿に変身したアイナ・ジ・エンドさんは「華奢な心」と情熱的な赤い衣装で「前髪上げたくない」を披露。 不思議な、愛な、とってもファンタジックな一時間の旅を終え、再び出会ったふたりの“アリス“。4曲目には、ポールダンサーのKUMIさんによるパフォーマンスに合わせて「東京QQQ」のメンバー全員と一緒に踊りながら「宝者」を披露。かんばらけんたさんの車いすダンスも胸を打つ素晴らしさでした。 流れるプールの水色の水面、パステルピンクの水際、ジャンボプールという舞台そのものがすでにファンタジックな演出でしたが、その舞台と呼応するように印象的に映える衣装を手がけたのは、Butterfly Studio(バタフライ・スタジオ)メンバーである衣装デザイナーのひびのこづえさん。「東京QQQ」のメンバーのみなさんのコンテンポラリーでユニークなダンスがさらに浮遊していくような美しい色彩の衣装に終始釘付けになりました。 アイナさんはストーリーに組み込まれた人気曲「宝者」を終盤に熱唱。最後は「私たちは根底でつながりあえる」という百年後芸術祭の本プログラムへの思いや、海の底(東京湾アクアライン)で東京とつながる内房総エリアをイメージした「通底」をテーマに会場一体となって踊りました。 「次はみんなが踊る番だよ!」そんなアオイヤマダさんの掛け声とともに「ツーツーテーテー」ダンスの指導が入り、会場の盛り上がりは最高潮に。 “通底縁劇・通底音劇”テーマソングを600人の会場の観客と共に踊り、一体感が高まったステージ。たった一時間のパフォーマンスでしたが、「ここはどこだったんだろう?」と、どこか遠い異世界の物語の中に迷い込んだかのような、不思議な体験の余韻がいつまでも残る忘れられないステージでした。 会場入口には、百年後芸術祭の食コンテンツである「EN NICHI BA」も開催。長生村の無添加ソース焼きそばや、九十九里浜のハマグリなど、おいしそうな食事を提供する屋台が出店しました。君津市から出店した手づくりジャム工房のブルーベリージャムを購入したり、まるでジャンボプールをイメージしたかのような可愛いレインボー綿菓子を購入したり。 少し肌寒かったので、公演までの時間は木更津のスペシャルティコーヒー「THE COFFEE」さんのコーヒーであたたまりました。シナモンなどが入ったスパイシーな味わいがやみつきになります。百年後芸術祭イベント会場のお楽しみでもある千葉の食文化を紹介する「EN NICHI BA」も今後のイベントに参加する際にはぜひ立ち寄ってみてくださいね。 「不思議な愛な富津岬」 〈アイナ・ジ・エンド 歌唱曲〉・1曲目「幻影」・2曲目「華奢な心」・3曲目「前髪上げたくない」・4曲目「宝者」・“通底縁劇・通底音劇”テーマソング 出演:アイナ・ジ・エンド / 東京QQQ(アオイヤマダ/ かんばらけんた / Kily shakley / KUMI / 高村月 / ちびもえこ / 平位蛙 / MONDO / 山田ホアニータ )音楽:小林武史 / 名越由貴夫脚本:高村月演出:アオイツキ+清水舞手衣装:ひびのこづえopening DJ:Shoma fr.dambosound企画:OIP(Oi-chan honopanty) Photo:Takao IwasawaText:Mina Yoshioka

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発!「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 1> 木更津、君津、富津、袖ケ浦エリア(後編/KURKKU FIELDS→袖ケ浦ルート)

内房総アートフェス

2024.04.24

ガイドブックを手に入れていざ内房総アートめぐりへ出発!「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」作品鑑賞レポート<PART 1> 木更津、君津、富津、袖ケ浦エリア(後編/KURKKU FIELDS→袖ケ浦ルート)

オラファー・エリアソンなど新たなアート作品も展示中のKURKKU FIELDSへ 今回のメイン会場の一つである木更津にあるサステナブルファーム&パークKURKKU FIELDS。「百年後芸術祭-内房総アートフェス-」総合プロデューサーも務める小林武史さんがつくられた場所で、約9万坪(30ha)の広大な敷地で「農」「食」そして「自然」の循環を体験できる施設です。2022年には宿泊施設“創る暮らしを体感するvilla”「cocoon(コクーン)」が、2023年には本との心地よい時間を過ごせる「地中図書館」がオープン。レストランやマーケット、シャルキュトリー、ベーカリーなどもありゆっくりと過ごせる場所なので、アート作品めぐりの際にも半日はスケジュールに盛り込んでほしい場所です。また、これまでも場内にはたくさんのアート作品が点在していましたが、内房総アートフェスのために新たに設置された作品も数点あり、見ごたえたっぷりです! KURKKU FIELDSにもインフォメーションカウンターがあるので、ガイドブックやグッズを購入することができます。 エントランスゲートを抜けて早速右側の丘に見えるのが、草間彌生さんの《明日咲く花》。鮮やかな色彩に彩られた花びらと葉に、繰り返し水玉と網目模様が描かれた大型の彫刻が緑の芝生の上でいきいきと咲く姿になんだかパワーをもらえます。草間さんの作品はこちらを含めて場内に4つあるので、ぜひ探してみてください。 草間彌生《新たなる空間への道標》 草間彌生《無限の鏡の間 -心の中の幻》 そして、木や草花が生い茂る土の下にひっそりと隠されたように存在し、洞窟のように横たわる「地中図書館」へ。ここは、土の中の微生物と共生して植物や野菜が成長するように、地中に潜り込んで本と出会い、知を蓄え、想像する力を養う。そんなコンセプトのもと誕生しました。緑の芝生が生い茂るこの季節は外観も美しく、うっとりしてしまいます。 今回、新たに館内のホールスペースに設置されたのが、名和晃平さんによる彫刻《PixCell-Crow/Welding Mask/VR Controller (R)/Wooden Ladder》です。 地上から降り注ぐ太陽の光がガラスを透過し、神々しく煌めく鳥が本当に美しくて、何時間でも観ていたくなります。(✳︎スペースが限られているので、鑑賞時間は10分目安ですが…)この図書館のためにセレクトされた食や自然、アート、哲学、音楽、生と死についてなど、さまざまなカルチャーに関する本が作品に映り込む光景をぼんやりと見ていると、100年前にも、100年後も、人間が「知」を得るのは本であること、あったことを感じます。 「シュールレアリズムを念頭に、複数のモチーフを組み合わせた《PixCell》シリーズの⼀作。今からちょうど100年前に隆盛し、⼈間の無意識の可能性を探索したシュールレアリズムは、VR やメタバース、AI が発達し⼈々の想像が拡張・拡散される現代の環境において、新たな⼿触りを帯びて⽴ち上がっている。100年前を振り返ることを通じて、100年後の芸術の姿を幻視する」(名和) 図書館で静寂の時間を過ごした後、次に向かったのは島袋道浩さんの《ツチオとツチコ:55年後のBED PEACE》。写真だと距離感がわかりにくいのですが、丘の上から見下ろした時にデーンと現れるツチオとツチコのユニークな姿に釘付けになります。この日は雨上がりで足元が悪く近づけませんでしたが、状態が良ければ側まで行って鑑賞することも可能です。 「遠く離れた二つの場所の土をそれぞれ人の形に置いてみた。土と土の出会い。土のハネムーン。その様子を眺めながら、ふと『人は死んで土に還る』という言葉を思い出した。この土の二人は本当に人だったのかもしれない。また、この二人をいつかどこかで見たことがあることにも気づく。1969年、アムステルダム、ヒルトンホテルのジョンとヨーコ。ちょうど僕が生まれたあの年はベトナム戦争の最中だったけれど、50数年たった今もウクライナやガザ、そして世界のあちらこちらで戦闘が続いている。55年後のBEDPEACE。100年後を考えるにはその半ば、50年後あたりが大切だと思う。50年後に誰かが引き継ぐ、語り継げば100年後にもきっと伝わる。届く。50年後、そして100年後、まだ戦いは続いているのだろうか?」(島袋)  ガイドブックにある島袋さんのメッセージを読みながら作品を見ていると、KURKKU FIELDSの名はThe Beatles の「Strawberry Fields Forever」が由来だという小林武史さんの言葉を思い出しました。クリエイティヴやイマジネーションの力こそが世界を変えることのできる大切なものだということ。そんなメッセージを発信し続けたジョン・レノンとオノ・ヨーコを想い、終わらない戦争を想い、ツチオとツチコとともに改めて世界平和を願いました。 オラファー・エリアソン《Mirror my orgasmic journey in me》 そして、4月18日に公開されたのがこちら。KURKKU FIELDSの土に馴染むようにつくられた宇宙船のようなカプセルのような建物に入って作品を鑑賞します。 色とりどりの手吹きガラスが、透明で重なり合う円や楕円を連想させるように配置されています。この10年間、エリアソンは色彩、透明感、重ね合わせというテーマに着想を得たガラス作品と水彩画を制作してきました。これらの作品のタイトルの多くは、円や楕円の構図と、曼荼羅の前に座る仏陀の歴史的絵画との類似性から着想を得ていると言います。その意味で、バランスの取れた左右対称の本作品は、瞑想と発展のための抽象的で凝縮されたイメージを提示しています。 オラファーファンの筆者としては、ずっとこの中で瞑想していたい気分になります。 アート作品や場内散歩を楽しんだ後は「内房総アートフェス」特別メニューを これからの季節、KURKKU FIELDSは新緑が本当に美しく、遊歩道を散策するだけでも気持ちがいいのですが、アート鑑賞をしながらぜひ途中のベンチや木陰に座ってマザーポンドと名付けられた池を眺めてみてください。自然の恵みの原点は、太陽と土と水、そしてそれらを元に育まれていく生態系。森に囲まれたこの池には、春から夏にかけては貴重なモリアオガエルなど様々な生物が繁殖し、秋から冬にかけては多くの野鳥が越冬のために利用する、1年を通して命が賑わう場所になっています。 マザーポンドの近くでは、増田セバスチャンによる《ぽっかりあいた穴の秘密》やカミーユ・アンロの《デレリッタ》も鑑賞できます。 パリ生まれのカミーユ・アンロは、人類学や博物学など幅広い分野からインスピレーションを受け、ユニークな作品に昇華させる女性作家です。見捨てられた女性が嘆き悲しむ様子を描いたサンドロ・ボッティチェッリの絵画《La Derelitta》に着想を得たというこの彫刻は、車輪に足をかけ、これから駆動していくイメージも想起させます。生命の多様さを抑圧する力を解きほぐすかのようなパワーを感じられる魅力的な作品です。 ファブリス・イベールによる《べシーヌの人》もKURKKU FIELDSの風景に欠かせない常設のアート作品。本作は1991年にフランスの街べシーヌで誕生し、以来、100以上ものクローンやコピーが地球上に広まっているそうです。「体に空いた11の穴から水を撒くことで周囲に溶け込み、自然の、また命の番人となるべくそこに立ち続ける」そんな美しいコンセプトとどこかユニークな姿のアンバランスさが魅力で個人的にとってもお気に入りです。 そして、エディブルガーデンのふもとにはChim↑Pom from Smappa!Groupによる《Level 7 feat.明日の神話》がひっそりと。この作品は、渋谷駅にある日本の被曝のクロニクルを描いた岡本太郎の壁画《明日の神話》の右下にある隙間に、2011年3月11日におきた福島第一原発事故を描いた絵をゲリラ設置したプロジェクトから誕生しました。 原子炉建屋からドクロ型の黒い煙が上がる様子を《明日の神話》と同じタッチで紙に描き、それを塩ビ板に貼ったものを連続した壁画の一部として自然に見えるように設置し、話題になりました。本作は2013年の岡本太郎記念館での個展の際に、そのドクロ雲を立体化したもの。太陽光発電のパネルのすぐそばに設置されていることも見逃せません。「エネルギーとその生産リスクにどう向き合うのか」という震災から10年以上を経て今も課題となっている問いをこの場所から発しています。 エントランスから一番遠く、場内端にある多目的スペース「フラック棟」にもアート好き垂涎の作品が展示されているので必見です。アニッシュ・カプーアの《Mirror(Lime and Apple mix to Laser Red)》と草間彌生さんのペインティング作品《時は過ぎゆけるか、死への近づき》が対面する唯一無二の空間が広がります。 たくさんのアート作品を見てお腹が空いたらダイニングやレストラン「perus(ペルース)」へ。ダイニングでは大きな壁面に描かれた浅井裕介さんによる《命の地層》を眺めながら、季節のピザや猪のキーマカレーなどが楽しめます。 土日であれば、「perus」でぜひ週末限定ランチを。限定メニューとして山名シェフが腕を振るった魚料理の一皿は息を呑む美しさです。 料理作品名《芸術祭〜空と海と大地〜》提供は内房総アートフェス期間中(〜5/26) 「内房総5市の豊かな食材を使用し、『地球』というマクロの視点から"空と海と大地"という表現に置き換え、百年後の地球に想いを馳せて。2024年、辰年に相応しい魚(太刀魚)に、発酵させたキャベツ。豆乳の泡と大根、農場で採れた菜花やいろんなお花を飾っています。青い空、もしくは広い海のような器に、大地から芽吹いた植物やお花が料理に輪郭をつけてくれています」(山名) そのほか、マーケットでもKURKKU FIELDSで育った野菜や地元の食材などが購入できるので、ぜひ立ち寄ってみてくださいね! 水と緑と花があふれる袖ケ浦公園で、100年後を想うアートに出会う 続いて、袖ケ浦市にあるアート作品の紹介です。アクアラインの木更津金田ICで降りるとすぐの袖ケ浦市。アート作品が鑑賞できるのがすべて袖ケ浦公園やその付近なので、東京からなら一番最初に回るのも良いかもしれません。 アクアラインで都心へのアクセスが飛躍的に向上し、袖ケ浦駅海側地区はここ数年の開発で大規模な住宅地が形成され、急速に発展しています。内房総アートフェスでは、四季の花が咲き香る袖ケ浦公園周辺に作品を展開し、地域の歴史を学べるスポットがアート空間へと様変わり。まずは、袖ケ浦公園内にある「アクアラインなるほど館」へ。キム・テボンによる《SKY EXCAVATER》が展示されています。 「深夜、東京湾アクアラインを走る。車窓を流れる光の連続に、知らない場所へと導かれる。そう錯覚するときがある。月の裏側なのか、星たちの輝く遠い宇宙か。建設当時、工事の難易度から『土木のアポロ計画』と呼ばれ、外径14.14mのシールドマシンが地中を掘り進めたらしい。遠くない将来、これらの技術と経験は転用され、僕たちを未知の世界へと導いてくれる日が来るのだろう」。との作家のイメージ通り、記念館の点滅する天井の光の中、アクアライン工事過程に関する自作資料を展示する宇宙船のような空間が生まれていました。 そもそも、こんな施設があったことに驚きなのですが、「アクアラインなるほど館」は袖ケ浦市郷土博物館の別館として併設され、普段は東京湾の歴史や東京湾アクアラインを紹介する模型、建設に使用された部材などを展示しているそうです。それもぜひ見てみたい。 袖ケ浦公園内にこんな施設があったのか!の第二弾は「旧進藤家住宅」。江戸末期に代官をつとめた進藤家の住宅だそうで、上層農家の生活様式を現代に伝える貴重な建造物として、袖ケ浦市指定文化財に指定されています。数年前に改修工事をしているそうで、とっても立派な藁葺き屋根に見惚れてしまいます。そしてここでは、大貫仁美さんによる《たぐり、よせる、よすが、かけら》が鑑賞できます。 中に入るとガラスの断片でできた女性の衣服を象った美しい作品が迎えてくれます。千葉県は全国でもっとも多くの貝塚を有しているそうで、展示場所付近にも山野貝塚をはじめ多くの古代の痕跡があるのだとか。出土された多くの「断片」からは、先祖たちの息遣いを感じることができる、と作家はコメントを残しています。「一つひとつは無為な断片であっても、確かな日常がそこにはある」と考え、旧家に佇むガラスの「断片」で継がれた衣服やかけらたちによって、この地を生きた人の気配、痕跡の可視化を試みています。 前庭には大貫さんがワークショップの参加者と制作した「言葉のカケラ」が散りばめられています。 「旧進藤家住宅」のすぐそばにあるのは、東 弘一郎さんによる《未来井戸》です。西上総地方の小櫃川、小糸川流域で開発、発展した井戸掘り技術である「上総掘り」のダイナミズムに着目し、それを、自身を代表する大型の金属作品と重ね合わせて表現したと言います。作品は実際に掘削機能を兼ね備えているそうで、会期中には掘削体験会も開催されるそうです。 そして、袖ケ浦市のアート作品ラストは、ダダン・クリスタント《カクラ・クルクル・イン・チバ》。袖ケ浦市農畜産物直売所「ゆりの里」付近に広がる田んぼの農道に展示されています。風が吹くとカランコロンと心地よい音を立てて風車のように回ります。 竹を主な素材としてつくられる「カクラ・クル・クル」は作家の故郷バリ島に実際に見られる郷土民芸品であり、農夫が収穫期の前後に田んぼへ設置し、収穫の感謝を神に捧げるものだそう。豊穣の願いは、きっと100年先も続いていくもの。遥か先まで吹き抜けるその風景は、100年後にも残したい風景だと確信した瞬間でした。 袖ケ浦市マスコットキャラクター「ガウラ」の焼き印が押された「ゆりの里」の人気商品ガウラ焼きをパクリとかじりながら、鑑賞したアート作品を振り返ります。 東京という大都会のすぐ近くにありながら、豊かな自然がたくさんある内房総でアーティストたちが感じたさまざまな想いや願いが詰まった内房総アートフェスの「LIFE ART」。それぞれが100年後に残したいものを、作品を通して感じながら、それらを残すために自分達が今できることはなんだろうと考える。すぐに答えが出る訳ではないけれど、千葉に住む地元の方にとってはもっとリアルかもしれない。地元の人こそ、この芸術祭にたくさん足を運んでくれるといいなと感じました。 次回<PART2>の「LIFE ART」レポートは市原市をめぐります! Photo:Eri Masudatext :Kana Yokota