ストーリー

参加アーティストのインタビューや、アート・食・音楽に関する対談の様子、芸術祭のめぐり方やアート作品のご紹介など、百年後芸術祭にまつわるストーリーをお届けします。

チバニアンの地層に刻まれた声に耳を傾けるー。ニブロール「風か水やがらんとした空か」パフォーマンスレポート

内房総アートフェス

2024.07.01

チバニアンの地層に刻まれた声に耳を傾けるー。ニブロール「風か水やがらんとした空か」パフォーマンスレポート

百年後芸術祭のイベントとして、5月18日(土)、19日(日)の二日間、世界的に注目を集める国の天然記念物「養老川流域田淵の地磁気逆転地層」を背景に開催されたニブロールによるパフォーマンス。 この場所は「チバニアン」と呼ばれ、千葉県市原市の観光スポットとしても人気の場所ですが、この二日間は鑑賞者のための特別な空間となりました。 ニブロールは、1997年に振付家の矢内原美邦、 映像作家の高橋啓祐、音楽家のスカンク/SKANKを中心として結成されたパフォーミング・カンパニーです。彼らは舞台のみならず、美術館でのパフォーマンスやビジュアル作品の発表などを行い、身体表現の可能性を追求する唯一無二の集団です。 日常の身ぶりをモチーフに現代の空虚さや危うさをドライに提示するその独特の振付けは国内外での評価も高く、そんなニブロールのパフォーマンスがこの百年後芸術祭でも体感できるとあって、たくさんのファンが駆けつけました。 入り口にはチバニアンビジターセンターがあり、チバニアンのことや地磁気逆転のこと、化石のこと、地層の研究の歴史などについてパネルや展示で紹介されています。ガイドスタッフが常駐されているので、地層見学前に立ち寄るのがおすすめです。 20名ほどの参加者とここからゆっくりくだっていきます。 道を進んでいくと、パフォーマーが土の上に並べた服が目に入ります。誰の服なのか。なぜここに置かれたのか。入り口で渡されたパンフレットには「黒い丘から死者を見送る。」という言葉から続く一編が書かれていて、きっとこれは大切な誰かが生前に来ていた服であろうということ理解します。 林の中をどんどん進んでいくと、木々の間に、少しだけ開けた空間が現れます。どうやら最初のステージはこの場所のようです。白い衣装を身に纏った、矢内原さんを含む3人のパフォーマーが、高い木々から漏れる光を浴びてゆっくりと踊ります。踊り、と言うよりは、能の舞のようなゆったりとした動きです。 それぞれ草木のオブジェ、軍人や恐竜が散りばめられた白と黒のオブジェを背負い、ゆっくりと静かに、自然と光とともに時間を過ごします。時折観客が「チリーン」鳴らす金の音だけが林の中に響き渡り、実に静謐なひととき。 15分ほど彼らの舞に見惚れていると、3人はそっと背負っていたオブジェを置いて川へとくだっていきます。 この作品は、二年前の大地の芸術祭で上演された宮沢賢治の『ガドルフの百合」をモチーフにした『距離のない旅』に続くもので、タイトルの『風か水やがらんとした空か』もまた、『銀河鉄道の夜』のプリオシン海岸のシーンでの大學士の言葉からとったそうです。 ここ数年で大切な人をたくさん亡くしたという矢内原さんが、深い悲しみに暮れる日々の中、幼い頃から好きだった宮沢賢治の作品を読み返し、そこから着想したシリーズとのことです。 「そこにいくつかの体や、感覚や、その影を見ました。そして、その中から失いたくない記憶を紡いで三部作を作ろうと思い立ちました」。(矢内原美邦) 5月のチバニアンは、少し日差しは強いけれど、渓谷ならではのひんやりとした空気もあいまって、風が吹き、とても心地よい場所だったことが印象的です。 川に入った3人の男性が、ホルンやトランペットを奏でます。 川の流れる音、太陽の光に美しく煌めく水面、雄大な景色に浸りながらも、パフォーマーの動きから目が離せません。ゆったりとした動きから、次第に激しく、水飛沫を飛ばしながら全身で踊ります。 3人が引っ張り合い、抱き合い、もがきながら、表現しようとしているものはなんなのか。なにかものすごくつらいことや悲しみから逃れたいのか、救われたいのか、なぜ人はずっと穏やかでいられないのか。大自然の中では人間の悲喜交々なんてとても小さく見えて、この瞬間も遠くの国で命を奪い合っている人間たちがいることがとても愚かに感じられます。地球や自然は何も変わらないのに。大切な人をたくさん亡くした矢内原さんの悲しみや自分自身の中に積もった悲しみの数々がどんどんと溢れ出てきて、涙が頬を流れます。 でも、それでも人は生きていく。今、この瞬間にしかないこの川の流れとともに。 芸術祭の終盤に、なにやらものすごいものを見せてもらった、という感覚となった今回のパフォーマンス。「100年後を想う」というテーマの芸術祭だけれど、そのテーマについて、千葉の奥深く、風と水と光と空を全身で感じられるこの場所で体感できたことの感動が何度も押し寄せました。 そして、パンフレットに書かれた矢内原さんのコメントを読んで、さらにこのパフォーマンスを鑑賞できたことの喜びを噛み締めます。 「チバニアン」で世界的に注目を集める国の天然記念物「養老川流域田淵の地磁気逆転地層」を背景に行う、ダンスというよりは「経験」という表現がしっくりくるパフォーマンス。ここで起こった事象について、心象やその時間について、遙かなるときを超えて空想する。約77万年前の地磁気逆転の地層に刻まれた声に耳を傾け、そこに降り積もった記録を経験し、いまここにいる私たちについて考える。 いまここにいること、生きていること。自分はちゃんと存在している。その感覚をずっと感じられるような日々を過ごしたい。 三作品目も楽しみです。 振付:矢内原美邦 美術:高橋啓祐 音楽:スカンク/SKANK Text:Kana Yokota

おにぎりをもっと美味しくいただくために。EAT&ART TARO「おにぎりのための運動会」レポート

内房総アートフェス

2024.06.21

おにぎりをもっと美味しくいただくために。EAT&ART TARO「おにぎりのための運動会」レポート

おにぎりをひときわおいしく食べることを目的とした運動会。「おにぎりのための運動会」。全3回の予定でしたが、あいにくの雨で1回は中止に。最終日の5月18日は眩しいほどの快晴で、まさに運動会日和!当日の様子をレポートします。 そもそもこの運動会は、アーティストであるEAT&ART TAROさんが「美味しいおにぎりを食べたいのだが、お米の炊き方や握り方にこだわるのではなくて、どうしようもなく美味しくなってしまうおにぎりにするために、食べるためには運動会をしなくてはいけない。飲食店とは違うアプローチで食べ物を美味しくしていく」という想いから生まれた作品。「いちはらアート×ミックス2014」で開催されて以来、さまざまな場所で白熱の運動会が受け継がれてきています。 スタートは10時。まずは事務局とEAT&ART TAROさんの挨拶から。運動会の目的や意図などを共有し、ますます士気が高まります。 参加者は受付でもらったゼッケンとはちまきをつけて紅白2組に分かれます。挨拶の後はみんなでラジオ体操! 「おにぎりのための運動会」と書かれたゼッケンを身につけたキッズたちがなんとも可愛い。 1種目目は玉入れです。なんと玉入れかごを紅白それぞれの代表が背負って逃げるというスタイル。足が速い人が背負うと本当にボールを入れるのが難しくて白熱します。 大人も子どもも関係なく。逃げるかごをひたすら追いかけます。ちょっとは手加減してよ〜と思うくらい本気度がすごい。そういえば玉入れなんて30年以上ぶりかも、、と懐かしくなりながら、ぜいは〜言いながら追いかけっこを楽しみます。 「ボール入れられたよ〜」と喜ぶキッズ。 何個ボールを入れられたか、一つずつ数えます。初回は赤が勝ちましたが、数回戦するとそれぞれ疲れが出てきたのか、良い勝負になってきました。 闘いに疲れた子どもたちは背後の遊具で遊ぶこともでき、会場は終始和やかな雰囲気です。アート作品を観にきたお客さんも「何をやっているんだろう?」と不思議な面持ちでこちらを観ていましたが、みんなが必死で駆け回っている姿を微笑ましく見守ってくれていました。 続いては、綱引きです。きっとこちらも30年ぶり。太い縄を持ち、みんなで「オーエス!オーエス!!」。ところで余談ですが、この「オーエス」という言葉の起源は、「水夫さんたちが帆を上げるときの掛け声」と言うのは有名ですが、実は「オー・イス(Oh, hisse)」というフランス語なのだそう。日本語で言うと「さあ、引っ張れ!」みたいな意味になるそう。 日本で綱引きが運動会の種目として行われるようになったのは明治初期で、イギリス人の指導によるものでしたが、当時は外国人との交流も行われ、一緒に運動会を楽しんだようです。外国人により伝えられた運動会の中で、チームの呼吸を合わせるための掛声が日本人に「オーエス」と聞こえた事から、綱引きの掛声として定着したというちょっとした小話も知っておくとより楽しめます。 この人数で綱引きをやると、結構力が入り合うのでそうぞう以上に大変。みんなで呼吸を合わせることの大切さを学びます。 今のところは紅組が優勢!お子さんと一緒に楽しむママたちも「日頃の運動不足解消になってサイコ〜!運動会って楽しい!」と盛り上がっていました。 最後はお待ちかねの大玉転がしならぬ、「おにぎり転がし」です。大きな大きなおにぎりが会場に登場し、会場の盛り上がりはマックスに。お父さんとお母さんが協力しておにぎりが変な方向に行ってしまわないように舵を切りつつ、子どもたちが一生懸命転がすというまさにチーム戦。リレー形式なので、追い抜かれたり、追い越したり、おにぎりを転がしながら熱いドラマが繰り広げられました。三角おにぎりは丸い球より転がすのが難しいということも学びでした。 3種目を無事に終えて、閉会式です。得点発表の結果は164対156!!8点差で紅組の勝ちです!とってもいい勝負。紅白、どちらもよく頑張りました! 優勝した紅組にはおにぎりがてっぺんに鎮座するトロフィーが贈られます。お父さんに抱き抱えられてトロフィーを手にした男の子、とても誇らしげでした。 そして!お待ちかねのおにぎりタイムです〜。ボランティアの方々がつくってくれたお弁当をありがたくいただきます。 中にはおにぎりだけではなく、唐揚げ、卵焼き、そして美味しい漬物も。心を込めて握ってくれたおにぎりは本当においしくて、何より2時間身体をめいっぱい動かして運動した後のおにぎりだから、それはもう格別なんですよね。 振り返ると、学生時代以来の運動会でした。敵と闘うと言うよりは、みんなで身体を動かして、健康的な時間を過ごすことこそが運動会の意義なんだなあ〜なんて考えながらモリモリいただきます。 みんなで記念撮影もパチリ!お疲れ様でした! text:Kana Yokota

フラム海苔ノリ通信Vol.4

内房総アートフェス

2024.05.03

フラム海苔ノリ通信Vol.4

4月27(土)、雨でしたが「おにぎりのための運動会!」挙行。旧里見小学校の豊福亮さん監修の《里見プラントミュージアム》で開会式。 豊福亮が手がけた《里見プラントミュージアム》での開会式(EAT&ART TARO《おにぎりのための運動会!》)Photo by Osamu Nakamura Photo by Osamu Nakamura Photo by Osamu Nakamura 玉入れに参加し、白鳥公民館での「時速30kmの銀河の旅」の観劇です。雨は11時頃から上がり、「おにぎりころがし」「綱引き」はグラウンドでやれたそうで、観劇のあと旧里見小のキッチンで待望のおにぎりを食べました。おいしい。5月18日(土)にもあるのでぜひご参加を!》詳細・参加申込はこちら 時速30kmの銀河の旅《終着駅2024》Photo by Osamu Nakamura 午後2時頃、木更津市の干潟にSIDE COREの《dream house》を見に行きました。アクアラインの手前にある島のような洲に実際の1/5くらいの、かつてメンバーの木更津市に住んでいた高須咲恵さんの家を再現したもので、写真では本物のように見えるのですが、実際は小さいもので、実に楽しい。 SIDE CORE 《dream house》Photo by Osamu Nakamura この干潟にはホソウミニナが無数にいるし、小さな蟹を見つけていくとピタッと止まって分からなくなる。槙原さんの干潟ツアーはさぞ楽しいだろうと思いました。夜は菜の花プレーヤーズの集会に行きました。 槙原泰介の作品《オン・ザ・コース》に関連した干潟ツアー 菜の花プレーヤーズ集会 北川フラム

フラム海苔ノリ通信Vol.3

内房総アートフェス

2024.04.15

フラム海苔ノリ通信Vol.3

4月14日(日)。いつものように品川駅で朝食を摂り、一服して内房線で、今日は五井駅から車で上総牛久駅へ。 藤本壮介《里山トイレ》Photo by Osamu Nakamura 岩沢兄弟《でんせつのやたい》 藤本壮介さんのトイレは男1、女5、共用1で合理的だった。沼田侑香さんの肉屋さんと和菓子屋さんの作品と岩沢兄弟の電気屋さんの《でんせつのやたい》(電設の屋台)は牛久の商店街です。早期だったので肉屋さんでコロッケとアジフライは買えず、和菓子屋さんで買った梅餅と桜餅は相変わらず旨かった。 大西康明《境の石 養老川》 大西康明さんの《境の石 養老川》は旧信用金庫内に一つひとつの石から型取りした銅の花弁が無数に空間に流れているような作品で、不思議な感覚でした。 柳建太郎《KINETIC PLAY》Photo by Osamu Nakamura 印西市の漁師でもある柳建太郎さんは人も知るガラス細工の名人ですが、商店街に工房を構えていて超絶技巧は見ものでした。壁に掛けられた時計と、時計の機械だけ剥き出しの20個ほどが、妙にガラスに合っていると感心しました。 豊福亮《牛久名画座》Photo by Osamu Nakamura 千田泰広《アナレンマ》Photo by Osamu Nakamura 豊福亮さんの《牛久名画座》も見応えがあります。千田泰広さんの《アナレンマ》の無数の意図と光の交錯は驚くべきものでした。 笹岡由梨子《Animale(アニマーレ)》 Photo by Osamu Nakamura 笹岡由梨子《Animale(アニマーレ)》 Photo by Osamu Nakamura 旧平三小学校で前回見れなかった笹岡由梨子さんの《Animale(アニマーレ)》は三体のオブジェ。それぞれに鍵盤楽器、ラッパ、太鼓が組み込まれていて、目と唇の映像が映しこまれている…と言っても何も説明にならない…けれども「教えてくれや、労働」という言葉をkeyに三体とも動物の必死で哀切のある、しかしユーモアともとれる訴えによって見る者の気楽な気分を揺さぶってくれる、お勧めの作品です。 森靖《Start up - Statue of Liberty》Photo by Osamu Nakamura ソカリ・ドグラス・カンプ《Peacetime》 森靖さんの木工房は作品が出来上がり始めていました(※会期中公開制作する作品)。ソカリ・ドグラス・カンプの鉄作品は完成して、グラウンドに展示されていましたが気持ちのよい出来でした EAT&ART TARO《SATOMI HIROBA》/塩田済シェフのホットサンド Photo by Osamu Nakamura 昼ごはんはベーコンホットサンドと、いちごミルクとパン。みんな上出来のおいしさでした。 ディン・Q・レ《絆を結ぶ》(市原湖畔美術館)Photo by 田村融市郎 市原湖畔美術館では、安田菜津紀さんの、日本に住んでいる外国人のお話です。皆さん、熱心に聞いていました。 梅田哲也《上架》Photo by Osamu Nakamura 梅田哲也《上架》 最後は木更津市です。梅田哲也さんの作品は旧市役所跡の車庫兼物置きで、ガラス球、網、バケツ、ロープや石や貝殻と現世での鳥の声は、飛行機の爆音が空間の中にあるのを、私たちは詩を読むように回るのですが、これが楽しい。グラウンドにはネットが絡まった立方形のポールがあって、そこから見上げる飛行機は印象的でした。 増田セバスチャン《Primal Pop》 駅のインフォメーションセンターで増田セバスチャンの仕事を見て帰りです。気持ちの良い晴日、特に旧平三小学校での桜は見事でした。 旧平三小学校の桜 北川フラム

フラム海苔ノリ通信 Vol.1

内房総アートフェス

2024.04.04

フラム海苔ノリ通信 Vol.1

アートディレクター・北川フラムが綴るコラムを定期的にお届けします。 槙原泰介「オン・ザ・コース」Photo by Osamu Nakamura -木更津市- ついさっきまで開いていたと思えるような町の本屋さん。その主人の人となりが思い浮かぶような店先を借りて、槙原泰介の干潟についての展示がある。地図や干潟についての写真や観察、干潟観察ツアーのポスター等々。木更津の干潟の一部は工場地帯に変化したけれども、したたかに残っているところもあって、作家はそこに変わらぬ関心をもっている。その混在した店内は一味も二味もあって、何気ない容器にはメダカが飼われている。合理一辺倒ではない町の店の大切さがあって嬉しい。これはこの内房総アートフェスのベースになる傑作だと思いました。豪雨のあとの雨あがり、その干潟巡りに行きたかったが、果たせなかった。残念。まだ4月13日(土)、4月28日(日)、5月11日(土)にあるのでお誘いです。この豪雨のせいで旧里見小学校(市原市)での「おにぎりのための運動会!」も中止。これも4月27日(土)と5月18日(土)にありますよ。 槙原泰介干潟ツアーの様子 EAT&ART TARO「おにぎりのための運動会!」(市原市)Photo by Osamu Nakamura 近くの倉庫に小谷元彦の「V (仮設のモニュメント5)」が不思議な迫力で鎮座しています。小谷の作品は、情報と物が溢れている現在の「神」が突如間違って登場したように感じられるものですが、それを支えている技術が見せ場になっています。 小谷元彦「V (仮設のモニュメント5)」Photo by Osamu Nakamrua -君津市- 八重原公民館は、京葉臨海工業地帯が出来始める約50年前から、多くの移住者が集まってきた団地の中にあり、今も盛んに活動しています。外に海苔が天日干しされているように見える、たくさんの瓦板が並べられていて、その鉄でできている海苔板を叩いて楽しんでいる人もいます。古い大判の写真も貼られていて、日本製鉄という世界有数の製鉄所がこの地に与えた影響を知ることができます。2万人を超える人が全国から集まってきました。深澤孝史は地域の聞き取りの上手な作家で、その時にもたらされた「マテバシイ」という植物が海苔作りに良くて、そのまま大切にされたという話を、公民館の中庭の池で見せてくれています。 佐藤悠「おはなしの森 君津」Photo by Osamu Nakamura この公民館の中央ロビーには佐藤悠が所狭しと面白い展示をしていますが、佐藤の本領は”お話しおじさん”です。人が集まれば、観衆とのやり取りを絵に描いていく、その会話の媒介は地域についての知識です。人はおのずとこの地に親しみをもっていくという仕掛けです。 さわひらき「Lost and Found」Photo by Osamu Nakamura 近くの保育園が楽しい作品になっていて、さわひらきによるものです。園庭に面して4つの教室がありますが、その教室に入っていくごとに、それぞのれの部屋が暗くなり、それぞれの物語が部屋の道具、映像、照明の動きによって語られるというもので、保育園がもっている明るい楽しさが感じられるというものです。 保良雄「種まく人」 そこから少し行ったアパート群の一つの入口からは4階に向かっての一部屋ずつを昇っていくと、人の居なくなった部屋に外部の土と植物が入り込み、成長していく仕掛けの作品に出会います。君津にある4作品からは、その年の一世紀の時間が感じられるようです。 -袖ケ浦市- ダダン・クリスタント「カクラ・クルクル・イン・チバ」 袖ケ浦の作品がある一帯は、班田収授の法があった頃からの古い土地で、田甫の広さは変わっていないような豊かな場所で、インドネシアのバリ島にある鳥よけの風を受けて鳴る楽しいダダン・クリスタントの作品「カクラ・クルクル・イン・チバ」が50基カタカタと音を立てています。近くにある販売所の果物・野菜は旨さ、値段ともに魅力的なのでお薦め。 大貫仁美「たぐり、よせる、よすが、かけら」Photo by Osamu Nakamura 資料館を巡る美しい池を囲んだ袖ケ浦公園巡りは人気がありますが、その中の2基の竪穴式住居と歴史的建造物の旧進藤家には、大貫仁美のガラスの断片を中心とした作品が設えられてあります。旧進藤家では、周辺の人たちとのワークショップでの成果もありますが金継のように繊維がガラス化したシルエットが美しい。 東弘一郎「未来井戸」 そこから降りた所にはモノづくりの名人・東弘一郎の上総掘りが見事に作られて圧倒されます。(近くにカブトムシのバイオスフェアもあります) キム・テボン「SKY EXCAVATER」Photo by Osamu Nakamura 江戸湾を囲んで房総半島には更級日記以来、古い歴史があります。鎌倉殿は房総と三崎半島の一衣帯水の世界を往来したし、里見氏の栄枯盛衰もある。江戸時代は池波正太郎の小説に出てくるような江戸前の旨い食物があったり、良くも悪くも江戸を補完する土地でもあり、幕末からは国防の拠点ともなりました。臨海工業地帯へと変化したあと、アクアラインが画期をつくります。その「アクアラインなるほど館」という名の施設にはキム・テボンが、そのシールド工法が宇宙船のコクピットのように感じられたらしく、迫力ある展示をしましたが、ここには60年代の丹下健三の「東京計画」などの計画が一瞥されていて近代日本を肌で感じられるようになっています。 -富津市- 五十嵐靖晃「網の道」(下洲漁港)Photo by Osamu Nakamura 富津は内房線特急の停まる君津駅の先にあり、富津岬を抱える太平洋の外洋と接するところ。今もって、下洲漁港には海苔漁業者がたくさん居る。五十嵐靖晃はそこに迫力ある美しい海苔網を設置しました。海苔網は水面下数cmほどに設置します。どんな海苔を採るかにより幅20cmほどのマスは異なります。採取時にはこれを水面上1m以上に持ち上げ、いわば海苔網の下を漁船がくぐり海苔を落として集めるのです。それを陸で体験するのが、この作品の楽しいミソです。もともと漁師さんは富津地区4漁協(青堀・青堀南部・新井・富津)に所属していましたが、埋立を前にして現在の場所に移住しました(もとの場所の陸にも網は設置されています)。 岩崎貴宏「カタボリズムの海」 武藤亜希子「海の森-A+M+A+M+O」Photo by Osamu Nakamura この埋立記念館は楽しい海苔採りを含めた江戸湾一帯のよくできた資料館ですが、そこの和室に岩崎貴宏が醤油の海を作り、そこに船のミニチュアを浮かべています。障子紙越しに射してくる光の変化が美しい。その向かいに武藤亜希子さんのアマモをテーマにした空間があり、遊べます。 中﨑透「沸々と 沸き立つ想い 民の庭」Photo by Osamu Nakamrua この建物の隣に富津公民館があり、この入口と二階を使って中﨑透による、”4人の住民の語りによる文物を編集した、地域の生活のリアリティ”ーー「沸々と 沸き立つ想い 民の庭」が楽しめます。地域を歩く。そこに残されている道具や看板、雑誌・資料を集める。そこに生きている生活者に丁寧にインタビューして纏める。そこに氏独特の色付きアクリル板と照明を挟んで編集するというサイトスペシフィックアートの方法を展開しています。ここでは館内のホールを出ての階段や通路も使っていて、総合的な体験が可能です。 まずは第一報。 北川フラム

アートの力で“諦めない地域”をつくり、地域住民に生きがいと誇りを抱いてもらいたい。

市原市

2023.10.06

アートの力で“諦めない地域”をつくり、地域住民に生きがいと誇りを抱いてもらいたい。

市原市長 小出譲治 ---------「百年後芸術祭」開催の経緯をお聞かせください。 まずは発端である「いちはらアート×ミックス」についてお話させてください。これは市原市で2014年から3年に1度のペースで開催しているもので、アートの力を通じて市が抱える人口減少や少子高齢化、若者の域外流出といった問題に相対する課題解決型の芸術祭です。 ただし、アートを通じて地域課題を解決するものではあるものの、第1回目はやや唐突にスタートした感がありました。また現代アートという誰もが明快に理解しやすいものではないカテゴリを扱っていることもあり、反対とまでは言いませんが、市全体でウエルカムという状態ではありませんでした。私自身は2015年から市長に就任したので本格的に携わり始めたのは第2回目からですが、その頃の市原市、特に南部地域では“このまま若い人たちがいなくなってもしかたがない”といった疲弊した雰囲気が漂っていました。このまま“諦めの地域”にはしたくないと思い、いちはらアート×ミックスの継続を決定したのです。 第1回目の反省点として市民の方々の関わりが少なかったところがありましたので、総合ディレクターの北川フラムさんともお話をさせていただき、第2回目以降はより市民が主体となって展開する芸術祭へとシフトチェンジしていきました。すると、年代問わず多くの地域住民の方々がボランティアとして運営業務や作品制作に携わってくださり、芸術祭を通して自分たちの役割を得られたという実感があったと話してくれる方も多くいました。さらに、以前は休日でも若い人たちを見かけることが稀だった南部地域でしたが、芸術祭開催期間が終わった後でも若者たちが歩く姿を見かけるようになりました。 © 2020 Ichihara Artmix Committee. 市原市を走るローカル列車「小湊鉄道」。いちはらアート×ミックスは旅気分でアートを楽しめる。 高滝湖の湖畔に建てられた市原湖畔美術館。 このように着実に地域活性化につながっていたいちはらアート×ミックスですが、今後の継続について考えていたところ、2021年の芸術祭に小林武史さんが訪れてくださりました。そうして小林さんとのご縁ができた後、千葉県誕生150周年記念事業として内房総の広域で芸術祭を開催したいという話が持ち上がりました。現在の熊谷俊人県知事とは、千葉市長の頃から色々な領域で連携をしたり情報共有をしたりしていましたので、県内で先進的にアートイベントを開催していた市原市にも注目して頂いていました。 ---------今回の「百年後芸術祭」は内房総5市(市原市、木更津市、君津市、袖ケ浦市、富津市)連携開催となります。従来の一市単独開催からの変化について教えてください。 観光に来た方は市境というものは考えませんよね。それを考慮すると、5市連携という大きな枠組みとなったことで滞在時間も増えるでしょうし、多くの人が関わることで自分たちが住む地域について新しい発見もあるでしょう。私が初めて市長になった時、近隣の首長にご挨拶に伺って「これからは都市間競争よりも広域連携です」と伝えて回りましたが、それが叶うことにワクワクしていますし、どれだけの相乗効果が発揮されるのかも楽しみです。一方で、これまで経験したことのない規模でのイベントですし、ましてやアートという言葉で簡単に説明できるものではないものを通じた連携でもあるので、どうやったら皆で同じ方向を向いていけるだろうかということは常に考えています。 市原市は百年後芸術祭のトップバッターとして、9月30日にイベントを開催します。今回は市内最大のお祭りである「上総いちはら国府祭り」とコラボレーションし、小林さんプロデュースのパフォーマンスも行われますので、多くの方に楽しんでいただけることを期待しています。 ---------いちはらアート×ミックスを通じて地域の活性化を感じているということですが、今後解決していきたい課題はありますか。 ひとつは宿泊機能があります。市原市はコンビナートと共に成長してきた地域なので、数年に一度コンビナートの定期修繕のために遠方から来る作業員の方々向けの民宿などは一定数ありますが、シティホテルやグレードの高いホテルは非常に少ない。だからホテルを誘致していきたいという思いはあります。 一方で、市原市の強みとアートを掛け合わせることができないかという思いもあります。例えば市原市には32クラブ33ヵ所のゴルフ場があり、その数は日本一です。そこで「ゴルフの街いちはら」として全国にアピールし、ゴルフの聖地にしようと動いています。実際、市のゴルフ環境に魅力を感じて他所から移り住んで自分たちのお子さんを育成しようとしている方もいますし、そうした保護者の方々が市原市ジュニアゴルフ協会を創設し、ジュニアゴルファーの育成や強化に力を入れてくれています。アートとの連携という点で重要なのは、競技面の発展だけでなく、ゴルフをプレーしない一般の方にもゴルフ場を開放してレストランを利用していただくといった試みも展開している点です。南北に長い市原市はレストランやトイレ休憩できる場所が少ないのですが、市の全域に点在するゴルフ場をゴルフ客以外も利用できるようにすることで、その悩みを解決できるのです。現時点ではすべてのゴルフ場を開放しているわけではありませんし、時間や人数の制約などもありますが、今回の芸術祭で訪れたお客さまにも利用していただければと思います。小林さんは「百年後芸術祭」では食に関する取り組みも力を入れると仰っていますが、ゴルフ場のレストランと連携することで市原市としても食に関する取り組みができる環境が整いつつあると言えるでしょう。 市原市内のゴルフ場には、ゴルフプレーヤー以外の人でも食事やお茶を提供してくれるゴルフ場がある。 ---------100年後の市原市がどのようになっているのか、イメージはありますか。 これだけ時代の流れが早い中で100年後の世の中を想像するのは非常に難しいことですが、今の世の中は、私が子どもだった頃に漫画を見て想像した未来都市のようになっていることを考えると、これから先とてつもない進化をしていくのでしょう。その中で100年後の市原市は、市原で生まれ育った子どもたちが健康に過ごして成長し、後世にいいものを継承していってもらい、誰もが幸せになれる街になっていて欲しいですね。 そんな未来に向けてこの芸術祭も継続していければと思います。そのためにも、今年の「百年後芸術祭」で県内全域に好影響を与え、千葉県全体がアートの県となる最初の一歩が歩めればと思います。 ---------「百年後芸術祭」に興味を持ってくださっている方にメッセージをお願いします。 市原市は色々な課題を抱えていますが、それでも決して諦めない地域にしたいと強く思っています。そのためには新しい何かが動き出した時に新しい行動も出てくることが大切です。今回で言えば、芸術祭が開催され、それに関連した活動に地域住民が取り組み、アートが日常に根付くことで生きがいや誇りに繋がっていくという形が理想的です。集客よりもむしろそれこそが芸術祭の目的だと思います。2014年から開催している「いちはらアート×ミックス」の場合、その頃に生まれた子どもたちにとってはすでに「市原市はアートの街」という印象があると思います。そのような意識を形成していけることを望んでいます。 text & photo:Tomoya Kuga